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【大至急】

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ID非公開さん

2020/1/1702:47:26

【大至急】

レポートで源氏物語の葵の上の場面(結婚から死まで)のあらすじをまとめたいのですが、どうまとめればいいですか?
参考までに教えてください。

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カテゴリマスター

2020/1/2320:54:54

「あらすじ」というと、年立のようなものでしょうか。短い生涯でしたから簡単なものですよ。カッコ内は巻名です。

十六才 源氏と結婚。(桐壷)

二十二才 三月 北山から帰洛し、左大臣邸を訪れた源氏を冷ややかに迎える。十月頃 左大臣邸を訪れた源氏をあいかわらず冷ややかに迎える。(若紫)

このころ、源氏が二条院に若紫を迎えたことが噂になり、不快に思う。(紅葉賀)

二十六才 懐妊。四月、六条御息所と車争い。八月、もののけに苦しみつつ男児(夕霧)を出産し、死亡。(葵)

・・・・・・・・・・

あとの方
失礼ながらあなたのご回答は基礎的な事実誤認を多々含んでおります。

>源氏の君にいち早く入内された女性

「入内(じゅだい)」という語は天皇、東宮の妃となる人が宮中に初めて入ること。源氏は臣下ですから「入内」とは言いません。このあとも何度も「入内」の語を用いていますが、全部まちがいです。

>源氏の君の加裳の儀が行われた日

「加裳」という語はありません。女性の正装である「裳」をつけることは「裳着(もぎ)」といい、もちろんこれは女性の成人式ですから男性である源氏が裳をつけるはずはありません。これは男性の成人式である「加冠」のまちがいでしょう。

>葵の上は、元々次期天皇である、桐壺帝の第一御子《朱雀帝》に妻として入内するように躾けられていたため

違います。左大臣は葵上を東宮に入内させる気はもとからなく、源氏を婿と決めていました。弘徽殿女御からの入内の要請をも無視しています。

>(葵上は)源氏の君をお慕いしていたのに

まったくそんなことは毛ほども原文にありません。彼女はただ少し年上なのを恥ずかしく思っただけです。

>(六条御息所は)先代の帝の妃であり

おおまちがい。六条御息所は桐壷帝の弟で東宮だった人の妃でした。つまり源氏にとっては義理の叔母にあたります。夫である東宮が早く亡くなったので高貴な未亡人となったのです。

>葵祭の斎王は、六条の御息所の娘に決まりました

おおまちがい。このときの新斎院は桐壷帝の女三宮(弘徽殿女御腹)です。六条御息所の娘は伊勢の斎宮。

>葵の上は正妃ですのでご参拝に行かれたのですが、

源氏は臣下ですから「妃」とはいいません。また「参拝」ではなく「見物」に行っただけ。葵上は妊娠中でおっくうでしたが、女房達が見物したがるので出かけただけです。

>その車は、六条の御息所のものだったのです。

争う前から両者は互いに相手が何者か知っていました。葵上の側は相手が六条御息所だというのでいっそう乱暴にふるまったのです。

>そしてなんと葵の上が、ご懐妊。

いいえ、先述したように車争いの前から妊娠していたのです。

>紫の上を正妃として入内させて

繰り返しますが「正妃」でもなく、「入内」でもありません。紫上は正妻でもありません。

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ベストアンサー以外の回答

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未来さん

2020/1/2023:10:51

源氏の君は、義母である《藤壺の宮》に憧れを持ち始め、いつしか1人の女性として見ていました。
そして、藤壺に似た女性を求めて、たくさんの関係を持ち始めます。

源氏の君にいち早く入内された女性は、《葵の上》です。
源氏の君の加裳の儀が行われた日、左大臣が源氏の君に、娘である《葵の上》を妻として入内させてくれないか、とお願いしその後入内されました。
葵の上は、元々次期天皇である、桐壺帝の第一御子《朱雀帝》に妻として入内するように躾けられていたため、男性に甘える、というような事は出来ませんでした。そればかりか、源氏の君をお慕いしていたのに、うまく感情を表す事が出来ず心を開けません。
葵の上は、藤壺と同じく高貴な女性でしたが、いつしか源氏の君との溝もできてしまい、若い源氏の君からしてみると少し、肩がこるような思いでした。

そして源氏の君は葵の上がいながらも、藤壺に似た女性を求め続けます。

その1人が《六条の御息所》です。
彼女は、先代の帝の妃であり、大変身分も高く高貴な女性でした。
ですが、源氏の君とは年の差があり、彼女本人は引き目を感じていましたがあまりにも源氏の君が彼女を求め続けるので、いつしか彼女も源氏の君を愛するようになりました。

源氏の君が療養のために北山に下がっていた時のこと。
可愛らしい少女に出会いました。その少女は、藤壺の姪に当たる子で、とても藤壺に似て美しかったのです。
そして、源氏の君はその少女を二条院に引き取りました。
その女性が《紫の上》です。
彼女を引き取ってからは、ますます葵の上の元へは訪れなくなりました。



時は、《葵祭》の時のこと。
葵祭の斎王は、六条の御息所の娘に決まりました。
そして葵祭の1日目には、源氏の君がご参列するのが決まっていました。
もちろん、葵の上は正妃ですのでご参拝に行かれたのですが、図々しい事に六条御息所も、源氏の君を一目でもいいから見たい…という気持ちから、お忍びでご参拝されたのです。
事件はその時に起きました。
遅くに到着した葵の上は、車を停める場所がなく、近くにあったボロい車を無理やり避けようとしたのです。それが事の始まりでした。
その車は、六条の御息所のものだったのです。
車争いの結果、勝ったのは葵の上でした。
高貴でプライドの高い六条の御息所は、恥をかかされたと思い葵の上を恨むようになりました。

そしてなんと葵の上が、ご懐妊。
1番驚いたのは六条の御息所でした。彼女とはうまく行っていないと源氏の君から聞かされていたのにご懐妊されたのです。
自分の方が愛されているはずなのに、私に子は出来なくて、なんで愛されていない葵の上に子ができるの…と思い始めてしまいました。

そして、葵の上の出産が近付いて来た時、葵の上は六条の御息所の生霊に取り憑かれてしまいます。懸命な除霊などによって一度は意識を取り戻し、無事男御子を出産された葵の上でしたが、
もう安心だろう、と思い源氏の君などがいなくなったあと、再び六条御息所の生霊に取り憑かれてしまい呪い殺されてしまいました。

源氏の君は、葵の上と最後の最後にお互いの気持ちを確かめあえて心を開けたのに、葵の上が亡くなってしまった…という事にショックを受け、六条の御息所から来た手紙も嫌味タラタラに書き返歌を送りました。


葵の上が亡くなった後、源氏の君は北山から引き取った少女、紫の上を正妃として入内させて生涯愛し続けました。

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