ここから本文です

簡単なレポートを書いたので提出します。

くとぅぐあさん

2020/1/2315:48:08

簡単なレポートを書いたので提出します。

感想をお願いします。

神と試練についての人間の向き合い方
科目名 人間行動学部神学科
哲学・倫理カテゴリ
学籍番号1234
名前 くとぅぐあ

神とは何か。その定義付け。
神の試練とは存在するか。その定義付け。

まず,この倫理・哲学カテゴリにおいて
私はある人物と出会った。
その人物は神の存在と神の試練について主張した。
今回はその彼が提示した神と試練について定義付けと考察をおこなう。

これを考察する事で今後の倫理・哲学カテゴリにおける神と試練の議論に仮説としての定義付けを流用する事ができる。




神とは自然である。
自然には意思があるように思える。

これが神と呼ばれるものの真実だと思う。

まず,キリスト教では神は万物の創造者であると言われる。ギリシャ神話でも神は万物の創造者であると言われる。どこの国の宗教でも神の定義は全ての元である。

科学的には万物の根元は,宇宙の起源の仮説からDNAの組成がタンパク質であるということまで実証されており,科学的にも物質世界にはある法則があることは認められている。
これを自然の意思だと言い換える事ができるだろう。

この事実から,神は自然のことであり,自然に意思があるように見られることから人はそれを神と呼んでいると言える。



『神は乗り越えられない試練は与えない』という常套句が日本語の中にある。

これは神という存在が人間に試練を与えるという前提に発せれた言葉である。
試練とは人にとっての困難であると定義できる。

ではここで問題が発生する。

この世で起こる困難の全ては『神の試練』であるのか。
『神は乗り越えられない試練は与えない』という言葉を真実だとしそれを信じるならば,
『乗り越えられない試練』は神が与えたものではない
ことになる。
つまり震災などの災害や,洪水による死者,暴力による被害や殺人などは,『乗り越えられない困難』なので『神が与えたものではない』ということになる。

では『乗り越えられる困難』とは何か。

人にはそれぞれの脆弱性があり,精神や肉体の強さにはそれぞれの個体差があることは医学的見地から認められている事実である。

となれば,この個人個人の限界に収まる困難こそが,『神の与えた試練』ということになる。

つまり,『乗り越えられた試練』が神の与えた試練であり,人の個人の持つ脆弱性を越えるようなその人の限界の範疇を超えるような出来事は,『試練ではない』ということになる。

人それぞれの脆弱性を数値化などして確かめる方法は現段階存在しないと思われる。
一般に普及していない事からまだ専門分野の研究範囲内であると判断される。
しかし医学では病気や障害がその人の身体的,または精神的な限界を越えた負荷がかかった末の状態だと見ることができ,
『乗り越えられない困難』を受けたか否かの判断材料にする事ができる。

つまり結論として精神障害を患った者や身体的障害を患った者はその人の限界を越えた負荷がかかったと言えるのでそれは『神の試練とは言えない』という事になる。



以上です。どうでしたか?

閲覧数:
26
回答数:
2

違反報告

ベストアンサーに選ばれた回答

さん

2020/1/2318:23:37

まず、神のことですが、キリスト教を例にとると、自然を神としているよりかは「ヤハウェ」を神としているので、創造者と創造物の違いがあると思います。ですから、自然が神であるというのは少し語弊があると思います。宗教には多神教、一神教などがあり、多神教では確かに自然、万物に神が宿るとし、自然が神と言えます。しかし、一神教の元々の源泉は人々にくる困難からの救済であり、自然とは言えないと思います。

次に、神の試練ですが、それが個々に与えられると考えるのに少し間違いがあるように思えます。個々に与えられるとすると、他人との人間関係も神の試練となり、他我なるものは存在しなくなり、世界は"私"と"神"のマンツーマンになってしまいます。個別指導のトライ状態ですね。であるため、他人との人間関係などの困難は神の試練を完全看破できずに、心に病を負ってしまった加害者からの第二次困難と考えられます。最悪ですね。

では、神の試練なるものはどこにあるのでしょうか?それはまとめると、人類全体に対しての、自然災難であると思います。

神の存在は宗教ごとに違い、「みんな違って、みんないい」となります。

  • 質問者

    くとぅぐあさん

    2020/1/2318:57:12

    回答ありがとうございます。
    大変参考になりました。
    私の神の定義は一応多神教であっても一神教であってもすり合わせられる範囲で定義したつもりでした。それは自然には意思があるように見え,それを神と呼んだということです。
    しかし回答者さまの仰る
    一神教の原泉は人々にくる困難からの救済であるということ。
    私は万物の創造者という全ての宗教に通ずるであろう観念のみを抽出してこれを書きました。
    もちろん宗教ごとの教義には詳しく色々付け加えられて独自の神が描かれているでしょう。
    しかし大変興味深い情報です。
    ありがとうございます。
    悪い人は神の試練を乗り越えられなかった病人という考え方。
    うなづけます。
    神の試練は自然災難である。
    これは戦争も含みますか?

  • その他の返信(1件)を表示

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

質問した人からのコメント

2020/1/28 13:07:35

回答ありがとうございます。

ベストアンサー以外の回答

1〜1件/1件中

BCGさん

2020/1/2401:11:49

>以上です。どうでしたか?
同じ物を 2度も投稿するなんて 全く
馬鹿の考え休むに似たり だよ

大学の授業に憧れているから、ま、仕方ないね

返信を取り消しますが
よろしいですか?

  • 取り消す
  • キャンセル

この質問につけられたタグ

みんなで作る知恵袋 悩みや疑問、なんでも気軽にきいちゃおう!

Q&Aをキーワードで検索:

Yahoo! JAPANは、回答に記載された内容の信ぴょう性、正確性を保証しておりません。
お客様自身の責任と判断で、ご利用ください。
本文はここまでです このページの先頭へ

「追加する」ボタンを押してください。

閉じる

※知恵コレクションに追加された質問は選択されたID/ニックネームのMy知恵袋で確認できます。

不適切な投稿でないことを報告しました。

閉じる