明治政府が太陽暦の改暦に踏み切った最大の理由とは?

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明治初期、国民に最も大きな影響を与えたのは、政府が太陽暦を採用したことです。それまでは月の満ち欠けを基にした太陰暦が使われていました。太陰暦は旧暦ともいわれ、現在でも生活に残っているものがあります。八十八夜とか二百十日などがそれです。しかし太陰暦には不便なことがあり、実際の季節と暦の月日が合わなくなってくることで、その狂いを修正するために、たびたび閏月がおかれました。そのために一年が13ヶ月になるのです。例えば明治元年(1868)には四月が2度、明治三年には十月が2度ありました。そして欧米では太陽暦を使っているのに、日本だけが違った暦を使っているのでは、外交が盛んになった明治の世には、たいへん不便でした。そこで政府は明治五年十二月二日限りで太陰暦を停止し、そして翌日を明治六年一月一日としました。

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太陽暦がグローバルスタンダードだからです。 貿易や外交で、日付を確認する際、双方が用いる暦が、 異なっていたら、間違いの元になります。 だから、太陽暦に変更せざるを得なかったのです。

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