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2020/2/20 22:47

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プロイセン宰相ビスマルクの鉄血政策とはどのような政策か教えてください!

プロイセン宰相ビスマルクの鉄血政策とはどのような政策か教えてください! あと「鉄」と「血」とは何を指しているのでしょうか。

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ビスマルクのドイツ統一政策に対する呼称。プロイセン憲法紛争が激化してきた1862年,プロイセン首相となったビスマルクは9月30日に,下院予算委員会で〈現下の大問題は言論や多数決によってではなく,血と鉄Blut und Eisenによってのみ解決される〉と演説した。ここから彼の政策は〈鉄血政策〉と称せられ,軍事力によるドイツ統一政策の別称となった。 鉄(武器)と血(兵士)を意味する。 1848年のドイツ三月革命、その後のフランクフルト国民議会によるドイツ統一の失敗ののち、1862年プロシアの宰相に就任したビスマルクは議会を停会したまま軍備拡張を実行し、1863年オーストリアを誘ってデンマークに宣戦し、2つの州をその支配下においた。さらに 66年にはオーストリアに宣戦し 、ドイツ連邦の解体とオーストリアを除外する北ドイツ連邦を成立させ,連邦の統治権をプロシア王のもとにおいた。また,70年には第二帝政下のフランスとの戦争に勝利を収め、71年1月 18日ベルサイユにおいてプロシア王ウィルヘルム1世のドイツ帝国皇帝としての戴冠式を行い、宿願のドイツ統一を達成した。宰相就任1週間後の 62年9月 29日プロシア議会の予算委員会において,議会と予算審議権や軍制改革について争い、言論や多数決によっては現下の大問題は解決しない、鉄と血によってのみ問題は解決されると宣言した。

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