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神田伯山先生の講談「中村仲蔵」をテレビ中継で聞きました。

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ID非公開さん

2020/3/2421:36:00

神田伯山先生の講談「中村仲蔵」をテレビ中継で聞きました。

・「斧定九郎の役は従来は砥粉地の赤っ面だった」と語っていましたが、砥粉地と赤っ面とは別物ではないのでしょうか。

・「五段目の幕がゆっくり降りて来たが、拍手は鳴り止まなかった」という意味のことを語っていたように思いますが、江戸三座は引き幕ではなかったのでしょうか。それと、江戸時代に、拍手の習慣はあったのでしょうか。

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mbk********さん

2020/3/2719:19:05

仰る通り、化粧のことで言いますと、砥粉地は肌色で、赤っ面は赤い砥粉を混ぜたもので、赤というよりは濃いピンク色のように見えます。

ただ文脈から判断しますと、この場合の『赤っ面』は端敵=下っ端の敵役という意味、つまり役柄の名称として使っているのでしょう。
歌舞伎に登場する『親子の端敵』の場合、親が砥粉=肌色で、子が赤っ面という設定がお決まりなんです。
また兄弟やペアで端敵が出る場合も、より下っ端の方が赤くする=血の気の多い、短気、短絡的な性格で思慮が浅いという設定になっています。
『対面』の梶原親子や、『道明寺』の土師兵衛・宿禰太郎親子、『金閣寺』の松永鬼藤太などがその例です。
ですがこれは、そういう端敵同士が同じ幕に出る場合のお決まりなんですね。幕が違うと化粧も変えるのが普通ですから。
忠臣蔵に登場する斧九大夫、定九郎親子は、1度も同じ幕に出ることはありませんし、定九郎は山賊になっている設定ですから、赤っ面である必要も実際はありません。
本来は弟子や大部屋の役者が勤める役ですから、勘平を引き立てるためにも綺麗だと困るというような役なんですね。
なので『髭面で被り物で…』という扮装で出るのがお決まりだった。そのイメージを変えたのが中村仲蔵というお話ですから、『端敵』と言わず『赤っ面』と言って観客に印象付けるための先人の知恵でしょう。

次に拍手の習慣ですが、だいたいは『拍手の習慣は明治以降』と説明されることが多く、現実には大正以降だったという説もあります。
しかしそれは、現代でも行われる『パチパチパチパチ』と連打式の拍手のことです。

狂言の中で誉める行動として『やんややんや』と手を打つ仕草があるように、誉め言葉を強調するため、あるいは言葉では伝わらない場合に、何らかの方法でより大きい音を出すということがあります。
平家物語の屋島の段で有名な『那須与一の扇の的』では『沖には平家船端を叩いて感じたり。陸には源氏箙を叩いてどよめきたり』とありますから、『沖にいる平家の者は、感心して船端を叩いて褒め称え、陸にいる源氏方は声を上げて手を打ち、弓を鳴らし、箙(矢の入れ物)を叩いた』と描写されています。
『どよめきたり』とは、とにかく盛り上がって、大騒ぎをしている様子ですから、声だけでなく、音が出るものなら何でも鳴らしたということです。
昔の日本人は、そんな感じで感情表現をしたのでしょうね。
ですから現代の拍手の感じとは、全く違うと思います。感覚としては現代の『オタク芸』に似たものだったでしょう。

最後に『幕』の話しですが、確かに当時は『幕が降りる』ということは無いですね。

緞帳が現在のような『板飛ばし』=折り畳まず、板のように平面のまま昇降させるようになったのは、明治末くらいからです。

いわゆる江戸三座以外は『引き幕が許されなかった』と良く説明されますが、これは逆に言えば『引き幕が設置できるほどの柱を建ててはいけない』=『常設は認めない』という意味なんですね。
引き幕は大変に重いものですから、太い梁が必要となります。さらにこの梁を支えるには太く丈夫な柱が必要です。
江戸はしょっちゅう地震や火事で焼け野原になっていましたから、そういう太い木材は貴重だったんですね。また芝居小屋のような大型建築物は軍事転用できますから、防衛のためにも許可しなかったんです。

当時の緞帳は、簾や菰、あるいは薄い布を巻き上げる方式だったと考えられています。
しかし、緞帳に関してはほとんど資料が無いんですね。残って無いんじゃなくて、『無い』んです。

恐らくこれは、三座以外の芝居小屋でも引き幕を使っていたからだと推測されています。
江戸中期以降は三座以外にも、江戸近郊にほぼ常設の芝居小屋が現れるようになりますし、江戸市中以外、幕府の御領以外では、引き幕に関して厳しい決まりがあったとは言えません。
地方に現存する江戸末期の村芝居の芝居小屋などにも、緞帳の仕掛けが残っていないことから、緞帳を使うような芝居は、本当に規模の小さい、見世物小屋の類いが使っていたんだろうと考えられています。

以上、長々と失礼致しました。

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ksjさん

2020/3/2500:47:28

講談だの落語、歌舞伎といった創作物にまともな時代考証を求めるなんてナンセンスです
観客に感情移入しやすくするための演出であり、時代考証的な正しさなんて必要ありません
あくまでもフィクションであってドキュメンタリーではありません

pro********さん

2020/3/2423:20:29

昔から
「講釈師 見てきたような 嘘をつき」
と言います。

正しいかどうかよりも、嘘でいいから
「聴いて気持ちいい」を優先するのが講談です。

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