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【ネタバレあり】舞台 刀剣乱舞に関して

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ID非公開さん

2020/5/2700:39:05

【ネタバレあり】舞台 刀剣乱舞に関して

一部不快な思いをさせましたらすみません。
私自身は舞台刀剣乱舞は好きです。

義伝 暁の独眼竜が唯一舞台刀剣乱舞中で自分の中で消化しきれず名前を見るたびもやもやしてしまいます。

そもそも鶴丸国永好きを拗らせており、伊達組と言う括りが「は?」と好きではありません。
もちろん、伊達に居たことも知ってます。なので、大倶利伽羅や太鼓鐘と絡んでるのを見るのは可愛いなとなりますが顕現当初だったりする鶴丸or燭台切が仲良く話出した時点で「は?初対面でそれ??」てなります。
その流れで伊達政宗と鶴丸が旧知の中みたいなそんな雰囲気が嫌いです。「すれ違いはしてもリスペクトまではしてねぇだろ」と、鶴丸が伊達に居た頃には伊達政宗はいないので。

なので、義伝で鶴丸が伊達政宗の甲冑に思いも連れて行くと言った発言、また、それと戦った意味が分かりません(黒鶴自体は何とも思ってません)
鶴丸が伊達政宗関連に突っ込んで行ったと言うのが上手いこと消化しきれずこう言う可能性でこうなった等有りましたら聞かせていただきたいです。
鶴丸国永じゃないとダメだった理由がありましたら聞かせてください。
自身の考えで大丈夫です。

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いざよいさん

2020/5/2701:36:26

とりあえず、私見です。
伊達組括りで、燭台切光忠と鶴丸国永が親しい、正確には初対面と思ってません。
くわしくは、身バレ含みますのでぼかしますが、燭台切が燭台切じゃない頃、もっと言うと、織田信長の光忠コレクションに入る前にとあるきっかけで、付喪じゃないけどその前として自我があり、その上で織田家に行って、実休光忠や他の兄弟と一緒に鶴丸国永と面識があったとしています。
この時は、どっちかと言うと兄の友達みたいなポジで。
んで、時代は流れ流れて、中興の祖の伊達政宗公の下で、燭台切の名前を貰って水戸にお嫁に行った後、どこぞの本で里帰りしていたっぽいのを読んだのでそれに習って政宗公を知らないけれど、里帰りしている燭台切と大倶利伽羅、太鼓鐘たちの話を聞く機会があったりして、政宗公自身を知らなくても知っている状態としてます。
里帰りも、八代目将軍の頃には行われなくなっていったっぽいですが。

舞台は一度、見たきりなので、思い切り偏見?と言うか私見混じりますが。
鶴丸国永は、マジメにひといくさごととは言いませんけど、わかっている範囲ですら、点々としてます。
それに、一応、日本人、戦闘狂の戦国人でも墓暴きはしないです。
実利、と言うか、昔は普通にそういう祟りだのなんだの信じられてましたしね。
色々と乱読してますけど、墓を暴かれて持ち出された、なんて明言されてるの彼ぐらいです。
(※他の刀剣美術品で、それっぽいことされてても、生前譲られた~とか誤魔化しているのに)
かつて呼ばれた竜胆丸の拵えすら失って、それでも千年を越してきたわけで。
同じ千年を乗り越えた三日月の場合、ねね殿の所持以前の拵えは残ってます。
他の天下五剣も、そのものは残ってなくても同じ衣装のが残っていると記されています。
でも、鶴丸の場合、異名の竜胆丸の拵えはデザインすらわかっていません。
それに、刀として、墓に埋められた時点で多分、錆朽ちる覚悟をしていたと思います。
少なくとも、数百年後の私たち現代近くに墓を開いて研究されるのさえ、イレギュラーだろうし。
なのに、個人の意思を無視して暴かれた。
一度死んだ、終わったはずなのに。
で、大倶利伽羅にしても太鼓鐘にしても燭台切にしても、伊達家や水戸徳川で大事にされ続けた使われ続けたわけです。
家以外の人間に認知される形で。
でも、鶴丸の場合、天皇家の行う儀式以外ではほぼ死蔵。
一度死んだ後に、武器として折れていれば、またキャラ造形違ったですけどね。
「退屈だと心が死ぬんだぜ?」ってセリフじゃないですけどね、現状は退屈で退屈でしょうがないでしょう、。
話をキリキリ戻して。
あの舞台の、政宗公、自分自身で戻ってきたにしてもなんかの影響あって戻って着たっぽいなぁと思うわけです。
で、かつての主の黄泉導ではないけども、死者の想いを運ぶ、として、鶴丸だったのかなぁと。
鶴丸って太刀としては割と黄泉寄りの子だと思うので。
その上で、伊達家に来る前に神社にいたこともあるし、常世よりですねぇ。


なので、あの場面で伊達政宗公の刀として、ではなく、死者の想いを運ぶものとしての場面だったんじゃないかなって思います。



長々すみません。

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質問した人からのコメント

2020/6/2 22:47:55

お二方ともありがとうございます。

死者の思いを運ぶものと言うのが他の登場しない刀剣男士を入れて考えても鶴丸が1番かなと納得した為、こちらを選ばせていただきました。
ありがとうございます。

ベストアンサー以外の回答

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ハスミさん

2020/5/2714:53:50

鶴丸が『伊達政宗』個人にはそこまでの思い入れがないからかな、と思って見ています。
伊達にあった刀ではある、でも政宗その人に何か、という記憶はないから、思考がフラットで偏りがないのは、あの場では鶴丸だけ。
燭台切も大倶利伽羅も太鼓鐘も、多かれ少なかれ『伊達政宗個人』に対して思い入れがある。
だから、止めなくてはいけない、と頭では分かっていても、感情の部分で「政宗の無念」に共感してしまう部分があってシビアになりきれない。
実際大倶利伽羅は「あんたの刀でありたかった」という部分を突かれていましたし。
これは駄目なこと、止めなくてはいけない、でも政宗公の無念も分かる、彼が生きていた頃その無念をずっと抱えていたのを見ていた…。

一方で鶴丸は、政宗の生きていた頃には伊達家にはまだ来てなく、伊達に来たのは政宗の死後ずっと後の時代。
生前から噂を聞くことはあったでしょうし、伊達に来た後でお家の付喪神たちから改めて話を聞くこともあったでしょうけど、政宗に直接の面識はなく、そこまでの思い入れもない。

天下を取れなかった無念は分かる、そういう人間は多かった。やり直せるならやり直したいのも分かる、でもそれじゃダメなんだぜ、と、過剰に政宗に思い入れることなく一歩引いて考えることが出来るのは、あの場では鶴丸だけだった…と思っています。
で、たぶん、鶴丸本人もそう考えたんじゃないのかな。あの子らみんな政宗公が好きすぎる。下手をしたらまとめて引きずられて堕ちてしまいかねない、危ないな、と。

「こうなりたかった、したかった、なのにそれが叶わなかった」という無念は、鶴丸本人にも何となく覚えがある感情でしょう。
あちこちを転々とするうちに多く目にしてきたものでもあり、同時に「主と共に墓の中で朽ち果ててしまいたかった」のに、無理やり引きずり出されて、主の死まで辱められて連れ去られた、自分自身の感情でもある。
無念だけど、それでも永らえて、永らえたからこそ得られたものもあった。伊達の他の刀たちとの出会いもそうでしょうし、献上されてからの出会いもあったかもしれない。

俺はあんたと直接言葉を交わすことはなかったけど、あんたが無念を抱いてそれでも前に進んだ結果の伊達家の未来は見たぜ、それをあんた自身がぶち壊すのかい?というような思いがあったのではないでしょうか。
この場で一番冷静に伊達政宗に対応できるのは自分であり、かたちは違えど無念を抱いてそれでも永らえた記憶のあるもの同士、分かり合えるところもあるんじゃないのか、という判断の結果の行動だったのでは、と解釈しています。

鶴丸と燭台切に関しては、個人的には『まだ名前のない光忠の一振り』だった頃の織田家で顔を合わせたこともあったかもしれない…と思っていますし、燭台切も鶴丸もわりと他者に対して友好的な性質、と思っているので、初対面だけど『伊達家』という共通項があるから「君も伊達?僕も伊達にいたんだよ、わー一緒ー!」「時代は違うが共通点があるのは嬉しいな!」くらいですぐ打ち解けた…としても別におかしくはないな、と思っています。
(内面まで深く曝け出すかどうかは別として)初対面の人とでもすぐ仲良くなって、もう長年友達でした!みたいに振る舞える人もたまにいますし、そういうことじゃないのかな、と。

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