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刀剣乱舞の舞台について質問です。

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ID非公開さん

2020/6/110:15:15

刀剣乱舞の舞台について質問です。

・虚伝で織田信長が自害する時に使っている刀は短刀(=薬研)ではありませんでした。映画では薬研を使っていたのですが、どちらの方がより歴史に近いんでしょうか?
・義伝で、伊達組が伊達政宗にすぐ気づかなかったのは何故でしょうか。確か、伊達政宗が名を名乗ってから「貴方が政宗公?」というような反応をしていた気がします。虚伝で不動がすぐに蘭丸に気づいたように、刀剣男士たちは元の主にはすぐに気づくとおもっていたのですが。単に暗闇で見えなかったという感じでしょうか?
分かる方教えて頂きたいです。

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ハスミさん

2020/6/110:58:08

・織田信長が自害するときにどんな刀剣を使ったか、というのは全く不明ですので、歴史上正しいのは何か、というのも分かりません。
描写される媒体によって、『信長が自害する際に持っている刀』は様々変わります。
映画では薬研でしたが、刀剣乱舞とは全く関係のない大河ドラマなどでは、『手近にあった脇差or太刀などで明智の軍勢と戦っていたが、もはやここまでと判断して寺に火をかけ、持っていた脇差or太刀でそのまま首もしくは腹を切る』という描写もよく見られます。
それはそれで整合性はある、と思います。手に持っているものがあって、敵はもうすぐそこに迫っているのに、わざわざ別の場所に腹を切るための別の短刀を取りに行く…というのもなんか変。今持ってるこれでこのまま、と思う方が自然と言えば自然です。
ただ逆に、『眠っていたが枕元に短刀を置いていた。咄嗟にそれを取って帯に差すとか懐に仕舞うなどして寝室の外に出た。部下が持ってきた槍や太刀などを持って奮闘したが及ばず、持っていた太刀は投げ捨てて、身に帯びていた短刀で自害』でも、それはそれでおかしくはない。
どちらも可能性としてはあり得るし、おかしな話ではありません。

・単純に森の中で薄暗くてよく顔が見えなかったのと、「わー人間に見つかっちゃったどうしよう!」という焦りが先に来てまじまじ顔を見るどころではなかったから…かな、と思っています。あと、こんなところに政宗公がいる、顔を合わせてしまうとは思ってなかった。
あと不動は、顕現したてのあの時点では良くも悪くも蘭丸と信長さまへの執着が強すぎる。審神者よりも蘭丸、という部分がありますので、そういうこともあって余計に…という感じ。信長様の近くへ行けば、そりゃあそこに蘭丸もいるのは当たり前だし、いるはず、と思って無意識に探していた部分もあるのかな、と思います。

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    質問者

    ID非公開さん

    2020/6/221:21:31

    詳しくありがとうございます!何が正しいのか分からない以上どんな可能性でもあったということですね!

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四葉さん

2020/6/219:07:15

織田信長の遺体は見つかっておらず、歴史の謎として残っています。
本当に切腹して本能寺で亡くなったのか、映画のように密かに脱出してどこかへと逃げて生き延びたのかは分かりません。
なので、薬研を使って自刃したのかどうかも定かではありません。
舞台でも短刀ではない刀を持ったシルエットのみであり、自刃する瞬間は分からないので、自刃する時は短刀に持ち替えていた可能性もあります。
そのため、どちらがより史実に近いのかというよりは、様々な説があり、それをどう思い解釈するのかは個人によるのだと思います。
個人的には骨も残らず焼けたとは思えず、誰かが何らかの意図で遺体を隠したあるいは逃げ延びたのだと考えています。

森の中にいるはずのない人物がいたから驚いた、ということかもしれません。
あの時の伊達政宗は普段と違った恰好をしていたでしょうから、元の主と結びつかなかったという点もあるかもしれませんね。
刀の頃を全てを覚えているわけではないでしょうし、実際記憶が曖昧な刀も複数いますから。
それに、遠征(遠足)としてあの場にいたわけですからあまり目立った行動をしないようにやり過ごしたく、森の中で暗いということもあってあまり顔を見ていなかったのではないでしょうか。
名前を名乗られて、はっとして顔を見て気づいた、という解釈を個人的にしました。
刀剣男士たちはみんな、元の主のことをどんな感情にしろ少なからず想っていますが、不動はそういう想いがかなり強い上にあの時は顕現仕立てで軍議の際にも信長や蘭丸に会いたい、と言っています。
ある意味、念願叶っての出陣だったので探していたのかもしれません。

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lep********さん

編集あり2020/6/111:26:22

1.歴史でいえば、「自死したらしいけど遺体は見つからなかった」というのが史実だと思います。腹を切ったかどうかすら分かりません。

他ならぬ信長自身が、討ち取った敵の首を晒して首実験をしていました。また、討ち取った浅井長政の頭蓋骨に漆と金粉を塗って宴会に出しています。自刃するときに考えるのは「死んだら遺体をそのように弄ばれる」ということだと思います。
だからこそ遺体が見つからなかったのだと考えると、腹を切って死んだとは限らないんだろうなーというのが個人的な感想です。

2.伊達政宗は、あの時に絶対に関ヶ原に居る筈のない存在だったからだと思います。鎧兜を見れば遠目でも誰であるかはもちろん分かりますが、それよりも居るはずのないものが居た事への驚愕で判断が遅れた、そういう反応だと判断しています。

大倶利伽羅はあの時「来たか…」と他の刀とは明確に違う反応をしています。大倶利伽羅は関ヶ原の時点ではまだ伊達家には来ておらず、関ヶ原の戦いにも自分は居合わせなかったと言ってるのに。
作中では、世界の仕組みに気付いていない人と、気付いている・感づいている人とを明確に描き分けてあります。だからこそ、世界の仕組みに気付いてない刀は「貴方が…?!」という反応でえがかれているのだと思っています。

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