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2020/6/24 8:27

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大学での学びについてご教示ください 先日、「早慶だろうが、MARCHだろうが、Fランだろうが単位を取ったらその時点で習ったことは忘れていく」と言う投稿を見かけました。

大学での学びについてご教示ください 先日、「早慶だろうが、MARCHだろうが、Fランだろうが単位を取ったらその時点で習ったことは忘れていく」と言う投稿を見かけました。 さも、どの大学でも教育成果は変わらないと言わんばかりに感じたところです。 そこで、質問です この「忘れた」とは、詳しく説明できないだけの話で、それぞれの教科を学ぶ課程で考え方の変化や行動変容が大なり小なり起こっているので、その後に習ったことを説明できなくなってもそれはそれで差し支えないと思うのですが如何でしょう? なので、より高度な学びの機会により多く触れる教育機関の方が卒業後に多くのものを得ているように感じる次第ですが、この辺の正否について、ご教示頂けると幸いです

補足

手厳しい指摘をされる方が多いのですね さて、私の拝見した書き込みは、大学全般の学びについての「言い訳」であったと分析しております 一方で、私の質問は、一般教養課程に重きを置いた投稿にしております そこで、質問を加えさせて下さい 一般教養科目は、早慶、MARCH、「Fラン」ではどのくらい難易度が異なるのでしょう? 話を整理しやすいように、自然科学分野でご教示頂けると幸いです 要すれば、どの位いの深度まで学ぶのか?卒業の頃までにどのくらい覚えているものなのか?その辺のところをご教示いただけると助かります

大学 | 一般教養116閲覧

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Q1 単位を取ったらその時点で習ったことは忘れていく A1 人間、そんなバカばっかりじゃないっす。 Q2 どの大学でも教育成果は変わらないと言わんばかりに感じたところです。 A2 私はそうは思わないのです。 ・講義の内容(難易度)は大して変わらないものの、学生側の受け入れ態勢が不十分で教育成果としては差が出てしまうのだろう ・いろいろあって、実質的には初等中等教育の学びなおしをせざるをえない大学もあるだろう などと思います。 それがいわゆる「大学の差」として定着してしまうのだと思います。 Q3 「忘れた」とは、詳しく説明できないだけの話で、それぞれの教科を学ぶ課程で考え方の変化や行動変容が大なり小なり起こっている A3 あまーい考え方としては、それでも良いでしょう。 Q4 その後に習ったことを説明できなくなってもそれはそれで差し支えないと思うのです A4 あえて言い方をかえます。 「授業聞いてりゃ、何か心に残るもんもあるだろー、それで十分!」 こんな考えはだめですよ。 高等教育(大学・大学院)のコスト(その学生に対する限界コスト)は0じゃないんです。 税金はバッチリ投入されています。(大学関係者はもっともっともっと寄越せと主張しています) 学生もコストを負担しています。 教員側も時間・労力をかけています。 利害関係者だけでなく大勢の人が、投入したコスト以上の効果を強く期待しています。 充分な成果が出せないのは、教育機関として失敗なのです。 今回の質問は、失敗をうやむやにして誤魔化す精神論・屁理屈のようにみえるのです。 Q5 正否について A5 小学生のテストのように100%正解、100%誤りと判別できるものではありません。 どのような指標で大学を評価するのか、それまでの行動・評価に対応して、計画・行動をどのように改めるのか。 そこから考えていくべきだろうと私は思っています。

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それが、知的基礎体力のチガイに現れる 学んだこと習得したことは忘れない方がいいんじゃないか という単純なハナシ…

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米国の大学のquarter制度の場合を例にしましょう。 ある学期が11週間あります。その学期中に受ける7科目くらいの 講義は,例えば微分方程式という数学の講義が,火曜と木曜の 13:00-14:30の週2回あります。毎週のように宿題が出ます。 期末試験は11週目にあります。他の基礎科目の場合は月火水金に 60分ずつ3回の講義と1回の小テストというスケジュールであり これも11週目に試験があります。その学期の成績平均がBを下回る と退学対象者になりますからさぼるわけにはいかず,勉強します。 ぐったりです。 はっきり言って,すべて忘れないと,次の学期の勉強はできません。 日本の,間延びして13科目も受ける講義で,得た知識を使える 状態で脳みそに入れている学生は,旧帝大でも稀でしょうよ。 そんな,全部に興味があるわけでもないし,忘れますよ。 ただ,どんな状態で脳みそに入っているかは個人差があります。 すぐには思い出せなくても,あるとき突然引き出しが開くことも ありますよ。そのために,大学ではいろんなことを勉強しています。 習っただけの知識の引き出しは開きませんが,自分で勉強した 知識の引き出しは,それよりは開いて役立つ可能性があります。 あとは運でしょうねぇ。だから,大学教育なんてのは保険みたい なもので,場合によっては掛け捨てくらいの意味の無いものかも しれないし,逆にその知識がなければ解決できない業務が目の前に あったりときに,みごと,それが大学のときの知恵を応用して 解決できたりする。 忘れる! ってことの具体的な例を,僕のことで書いておきましょう。 大学で提出した宿題や期末試験の答案用紙は手元にあります。 もう卒業して10年以上たったころですが,何か整理したり,暇な ときに眺めたりする(年金生活の今もときどき開けます)と, その確かに僕の筆跡のレポートの式展開や答が理解できません。 なんで,こんな難しい問題が解けたんだろう?点数をみると 満点らしい。でも,この式の誘導はどうなっているんだろう。 というレポートや答案が半分くらいあります。僕は特にボンクラ なのかもしれませんが,そんなものですよ。

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単位を取ったらその時点で習ったことは忘れていく、理系で技術職になろうとするなら、それは大変な事ですねw 所属学系の専門に関する口頭試問-技術面接があったりします。 マーケ職に就きたければ、市場調査/消費者調査/市場価格の決定方法などなど、忘れましたでは済まないかと。法律を忘れた法学部なんて企業の法務部門は採用しないかと。 大学によって教育レベルは違うと思いますよ。