零戦、隼、疾風、雷電、紫電改、紫電、等々の戦闘機の中で、もっとも、優秀な機体はなくに?

零戦、隼、疾風、雷電、紫電改、紫電、等々の戦闘機の中で、もっとも、優秀な機体はなくに?

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前半は零戦、後半は疾風でしょうか。 ただ、これは消去法です。ほかにろくなのがありません。 一部の方がおっしゃる100オクタン燃料があれば、という主張はあまりにも惨めなのでやめたほうがよいでしょう。 よい比較対象があります。それがドイツ空軍の戦闘機たち。 ドイツ空軍の標準燃料は87オクタンの『合成燃料』で、日本より航空燃料事情が悪い(日本よりひどい燃料で戦い抜きました)。 にも関わらずドイツ機の速度はどうでした?41年時点で戦闘機(Fw190Aの初期型が41年夏に実戦投入、年末にBf109G初期型が実戦投入)は楽々時速600キロ超え。Me262に至っては850キロでますが。 当時のドイツ人で100オクタン燃料あればといった人間をわたしは知りません。 なぜならドイツ空軍の戦闘機は87オクタンの合成燃料で100オクタン以上の燃料で飛んでる米英機とタイマンはれたからです。 100オクタン燃料あれば紫電改と疾風は600キロ後半の速度が出せるという馬鹿な理屈を間に受けるなら、ドイツ空軍が100オクタン燃料持ってたら第二次大戦の歴史が変わったかもしれないってレベルの話になってしまいますが。そんなことはあり得んでしょう。 さらに、大戦末期は生産環境が厳しく誉がうまく生産できなかった? Fw190D9やJu88G6に搭載された1700馬力級の液冷エンジンユンカースjumo213A。大戦末期の段階でも稼働率7割です。 誉誉とおっしゃるが、同時期の日本は誉どころか栄ですら稼働率5割前後、アツタに至っては芙蓉部隊以外は2〜3割台とかいう悲惨な状況です。 燃料事情悪いから、環境悪いから十分な性能でなかった?惨めすぎる。 42年秋から44年初頭の時点で、零戦はキルレシオ1対5から10でP38とサッチウェーブのF4Fに完敗(零戦が5機から10機落ちるのと引き換えにP38やF4Fが1機落ちる)しており、その後はお察しください。 疾風もフィリピン戦でP38相手にキルレシオ1対10(疾風が10機落ちるのと引き換えにP38が1機落ちる)くらいで完敗しております。よく数で負けたと言われてますがそれは嘘。フィリピン戦の最初の一ヶ月は日本側が戦闘機の数で米軍を大きく上回ってますから日本側が攻める立場だったのにこの惨状です。 また紫電改の実際の戦績は米軍機37機撃墜に対し紫電改パイロットの戦死80名以上、実際に撃墜された紫電改は100機以上で、ほとんどの米軍パイロットに『雑魚』『ほかの日本機同様よく燃え、我々の戦闘機(F6F)に劣る』諸々言われてますからまぁ、お察しください。雷電はもっと悲惨です。 このように歴史的事実から客観的に評価すると、押せる機体はなくなってしまいます。 ですが、それでも零戦と疾風を押したいところ。 理由は初戦の戦績(零戦)と生産機数(零戦、疾風)です。

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私は 陸軍悪玉論で 海軍贔屓だが 戦闘機は 大戦前半は 隼Ⅱ型 大戦後半は 疾風だと思います ゼロ戦は過大評価された戦闘機で 恐らく 源田実のせいで ミッドウェー大敗や マリアナ大敗の原因になった 欠陥戦闘機になっていたと思います

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※ 零戦は、圧倒的な格闘性能と長大な航続距離で、太平洋の制空権を瞬く間に掌握して行った。大戦、前半・中期は零戦。 ※【"ラバウル航空隊↓69対0の記録"】昭和19年1月17日 https://www.youtube.com/watch?v=QoDmXXK5rE8 昭和19年の初頭でも↑この無敵さ。ラバウルの零戦20~30機を、米軍は1000機と見誤り↓米本国に増援を要請している。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A9%E6%9C%AC%E5%BE%B9%E4%B8%89#%E3%83%A9%E3%83%90%E3%82%A6%E3%83%AB%E6%96%B9%E9%9D%A2 米軍は、損害が多いラバウル攻略を止め、迂回して孤立させる作戦に変更した。 ※ 無敵零戦も【”アクタン・ゼロの鹵獲”】により、米軍は対抗策として 【”3つのネバーNever”】を徹底し↓零戦と格闘戦をしなく成ってしまった ➊ 零戦と格闘戦をしてはならない。 ➋ 背後を取れない場合、時速300マイル以下で零戦と空戦をしてはならない。 ➌ 上昇する零戦を追尾してはならない。 の↑3つの勧告を、零戦との空戦が予想される全てのパイロットに対して行った。また、優位高度からの【一撃離脱戦法とサッチウィーブ】と呼ばれる編隊空戦法が、米軍に広く普及することに成った。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B6%E5%BC%8F%E8%89%A6%E4%B8%8A%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F#%E9%9B%B6%E6%88%A6%E9%B9%B5%E7%8D%B2%E3%81%A8%E5%A4%A7%E6%88%A6%E4%B8%AD%E6%9C%9F これ以降↑米軍は【”3つのネバー”】を徹底し、物量で押しまくる事に成る。 大戦後期は【” 紫電改 ”】。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%AB%E9%9B%BB%E6%94%B9 ※ 戦後、米空軍の試験で、紫電改に100オクタン燃料を使って飛行した結果、速力はどの米戦闘機にも劣らず、機銃威力は一番強いと紹介された。昭和26年に来日した米空軍将校団の中にアメリカで紫電改をテストした中佐がおり「ライトフィールドで紫電改に乗って、米空軍の戦闘機と空戦演習をやってみた。どの米戦闘機も紫電改に勝てなかった」と評した。 自動空戦フラップで格闘戦も、一撃離脱も「甲乙戦」共に戦えた【紫電改】 【紫電改】は3ヶ所の米国立航空博物館に↓3機も保存展示されている。

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稼働率も考慮するとキ43Ⅱ型 (Ⅰ型は欠陥機) 零戦と違いノモンハンの戦訓で防弾されているのもポイント 誉(ハ45)はハイオクとアメリカ製オイルの使用が 前提で、1945年の日本は輸入オイルが枯渇していて 誉搭載機は悲惨な稼働率になっています。 日本は空力設計が遅れています。 雷電に近いエンジンパワーを持つFw190AやLa‐7は カウリング形状の工夫で空気抵抗を減らし660km/hを超す 最大速度を発揮しています。

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なくに? 第一世代の零戦は優秀、 雷電は、迎撃機なので比較は難しいですがエンジンカウルを空力でのばしたのでエンジン振動がでた、 第二世代の疾風、紫電改はいずれもハ45誉発動機が日本の工業力では量産に乏しく、これがまともに動けば、アメリカのガソリンとプラグで700km越えの疾風、 で上のはなくに、 で、飛燕の胴体に金星くっつけた5式戦が一番優秀ということで、