尖閣諸島は中国史の中で、文献にいつ初めて登場しますか?

尖閣諸島は中国史の中で、文献にいつ初めて登場しますか?

中国史 | 国際情勢32閲覧

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別IDで回答させていただき、返信を頂いておりますが、またIDが凍結されてしまいましたので、このIDにて返信回答させていただきます。 福建泉州普江という紹介について、日本人からクレーム来たことがありませんか?ということに関してですが、通常、日本政府の歴史認識に対抗する場合、 日本は1895年の領有閣議決定の時間を主張するので、それよりも前に中国が領土を認識していた・・という反論なら、1403年、明代の「順風相送」という史料を対抗にだせば済むことなので、 1171年の史料まで持ち出したことは今までなかったですから、クレームを受けたこともありません(笑) いずれにせよ、領土問題は「政治認識」と「歴史認識」に分けられ、歴史認識の書類をいくら提出合戦しても、領有主権の決定にはあまり影響しないことが常なんです。 たとえば、 質問者さんが土地と家を持ってるとして、そこに私が、鎌倉時代の証拠書類をもって、 「あなたのこの土地は、鎌倉時代の私の祖先が畑にして領有していたところだから、返せ」 といったところで、質問者様にしてみれば、「あ、そうですか、すごい昔の書類をおもちですね、それ、重要文化財になるんじゃないですか?おめでとうございます」 で、お引き取り願いますよね? 領土というのは、主権国家が領有を主張する他国に対して、和平的に解決できなければ、金銭解決、どうしてもだめなら武力解決・・と相場が決まっています。 書類の提出合戦じゃないわけです。 国際社会には、もちろんある程度の領土領有の主張原則理由などがありますが、実際には国際社会において、「土地の登記簿謄本」などの、領有所有を決めるものがないわけですから、 政治的に解決するかしか私は本当は興味がないんです。 「政治認識」は、国家力量です。 「歴史認識」は、学問です。 質問者様の、「他国(中国)の意見も聞いてみたい」という真摯なメッセージに感動して、こうして別IDでも回答をさせていただきましたが、 歴史認識、つまり学問として領土領有を考察されたいなら、わたしのような人間と交流しても仕方がないです(笑) もっと別の学問的な見解がある人との意見交換がいいでしょうね。 私は釣魚島(日本名:尖閣諸島)の問題は、政治認識で考察します。 以上です。

なるほど。 十分勉強になりました。 >領土問題は「政治認識」と「歴史認識」に分けられ >領土というのは、主権国家が領有を主張する他国に対して、和平的に解決できなければ、金銭解決、どうしてもだめなら武力解決・・と相場が決まっています。 <全く知らなかったわけではなく、もちろんなんとなく知ってはいるのですが、こうやって改めて文章にしてもらい、それを見ると、整理されて頭に残りやすいので、助かりました。 まあ、要は、宋哥さんは政治的に解決すべきだと言う認識だけど、歴史的な感謝状を領土の根拠に出す人がいるから、いやいやそれを言ったら中国には、もっと古い歴史文書がありまっせ。 と言いたかった。と言うことですね。 私もたまにIDで投稿禁止させられる事があります。 その基準も分からない事が多いです。 はっきり何が悪かったのか指摘して欲しいです。 次の投稿に役立てられないですからね。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

回答ありがとうございます。

お礼日時:8/20 23:34

その他の回答(3件)

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中国政府が釣魚島の領有白書において、正式に具体的な島名が記載されて利用したという文献資料としては、明代の順風相送ですが、 実際にはそれよりも300年ぐらい前の1171年、中国の王朝では、南宋時代の書類の中で、 福建の泉州というところの行政管轄古文書に台湾とその他の群島が「福建泉州普江」という行政機関が統括管轄していたという記録があり、それは福建省の博物館に展示されていますが、その群島の数が今の尖閣諸島の数と位置関係に合致することから、 領土領有主張は別にして、やはり日本より太古の昔から、中国大陸の王朝が今の尖閣諸島の存在をきっちり行政管轄したり、利用していたのは間違いないですよね。 ま、もちろんそれれは国際的な「領土領有」の決定的なアイテムにはなりませんが。

また、この話題になるとすぐに、昔の中華民国時代の感謝状を出す人がいますが、 それはまったく領土領有の証拠にはならないんです。 そのようなものは、その時の行政機関の一部の認識にすぎず、領土領有の証拠とはならないのが通常です。 例えば、我が国の鳩山元総理大臣は 「日本列島は日本人の物だけではない」と公式な場所で発言しましたが、 中国が仮に日本を攻めるとした場合、怒った日本に対して、中国人が、 「鳩山元総理大臣は日本列島は日本人のものだけではないといっていましたよ?」 と正当化されても困りますよね。

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中国の方は明の永楽元年(1403)に成り立った『順風相送』という本に初登場です、

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そんなに古い話ではない。1919年のこと。 ここに「日本帝国沖縄縣八重山郡尖閣列島」と明記されている。

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