「統帥権の独立」。天皇も首相も外相も陸相海相さえも知らないところで軍事行動=対外戦争を始められる魔法の杖。これは司馬遼太郎さんが『この国のかたち』で使った表現であったと思う。

「統帥権の独立」。天皇も首相も外相も陸相海相さえも知らないところで軍事行動=対外戦争を始められる魔法の杖。これは司馬遼太郎さんが『この国のかたち』で使った表現であったと思う。 昭和20年の終戦までの昭和史を読むと、日本人として心が痛む訳はここにある。もちろん、欧米がリードしてきた帝国主義の最終盤の時代であり、日本はそのラスト・ランナーであった。加えて、ロシアの脅威、それがある時期からは共産主義の脅威とも重なり、力を持ち始めていた。日本としては、自国の安全保障上やむを得ぬ事情も大いにあったにせよ、張作霖爆殺から始まる関東軍参謀の謀略によって、国家と国民が戦争の時代に否応なく引きずられていった時代を思い返すと、心が今も痛む。 この昭和初年から終戦までの20年間のみを、本来の日本史から切り離し、極めて特異な時代だと規定した、いわゆる「司馬史観」。日本に係る良いことも悪いことも全てをかけがえのない自国の歴史だとして飲み込みたい、考えたい人々には評判が悪いですよね。 「司馬史観」をあなたはどう考えますか?

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ベストアンサー

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「司馬史観」いうのは、後から誰かが名付けたものでそんなものは存在しません。 ‘思想や宗教は、小説と同じようにフィクションです。つまり「うそ」であります’ 司馬遼太郎 講演録 1969年11月28日 「司馬ワールド」というべきでしょう。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

まぁ、司馬さんの痛切な戦争体験から来る「歴史観」なんですよね。もちろん、ご自身は小説家=フィクションを紡ぐ者、という強い自覚はあったと思います。 「司馬史観」なるものも周りが言っている用語に過ぎないと本人も思われていたと思います。それにしても、晩年の『この国のかたち』でかなり赤裸々に昭和史に触れていることが、私には気になるのです。 お付き合い頂き、ありがとうございます。

お礼日時:8/10 16:44

その他の回答(5件)

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ID非公開

2020/8/10 11:19

先ず天皇主権は昭和天皇で終わりました。現人神であり天子様であり御上であり聖上陛下であり、首相を大命降下で任命し尚且つ帝国陸海軍を統帥される大元帥陛下。詔勅や勅語で憲法以上のご下命を発せられる。大元帥陛下が御宸襟を悩ませ奉られ渙発された「宣戦の大詔」を畏くもその大御心の御叡慮の深淵さに心を致し身を清め仰ぎ奉れば自ずと判る事。

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司馬史観自体ない。小説家。 当時の価値観無視する典型的大衆論。自分の価値観で話を創作する。 帝国、植民地、侵略全て正義、日本もその価値観で動いた。 朝鮮も大韓帝国と名乗った。名誉だから。 当然の事して負け、 当然敗戦責任負う。

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司馬遼太郎がどう語ろうと関係なく 統帥権独立が日本帝国を破滅に導いたことは歴史の事実。 大日本帝国は生まれたときから統帥権独立という癌細胞を抱えていたのだよ。

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戦後フランスオランダなどがインドシナなど植民地として奪い返そうとして現地軍に撃退されました。日本は帝国主義の最終ランナーどころか東亜開放のパイオニアです。司馬遼太郎は陸軍の学徒動員兵で昭和史を殊更、貶める傾向があり、明治=善、昭和=悪と思ってます。 しかし明治末年から昭和元年までわずか15年しかなく明治があるから昭和がある訳で昭和の欠点は明治に原因があるはずです。 司馬の悪い点はそうしたところを無視したところにあると思います。

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ありゃ彼一流のフィクション。 帝国憲法には「天皇は軍を~」があったが、現行憲法には統帥権など存在してない。 最近は、竜馬像も大きく崩れてきている