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2020/9/4 12:50

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三井越後屋の現金掛け値なし

三井越後屋の現金掛け値なし 現金掛け値なしとは 現金でそのまま購入できる、ごく普通のスタイルとのことですが、なにが凄かったのでしょうか? 当時の食事や生活品は普通に現金で購入していなかったのでしょうか? お昼のそばを食べるのもツケだったのでしょうか? 現金掛け値なしがなぜそこまで流行ったのかわかりません

歴史 | ビジネス書19閲覧

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江戸時代は平和で安定していたこと、そして主力産業が稲作だったので、多くの人の収入がコメが収穫される秋から年末近くになる。概ね年1回だ。 ゆえに、現金取引もないわけではないが、多くの商売、中でも比較的高額商品を扱う店は「掛け売り」、つまり「ツケ」で買い、代金は年末にまとめて払うのが一般的だった。「富山の薬売り」のような遠くから来る行商人も、「置き薬」の形で無料で薬を置かせてもらい、次に来た時に使った分だけ代金を貰うという販売方法だった。通常の飲み食いも、それなりに信用があることが前提だが「ツケ」で後日まとめて払うことも可能だった。 このような商品先渡しは商人の側にリスクがあるため、価格がけっこう高めに設定される。現在の分割払いも利息を上乗せされるのと同じ理屈だ。販売時点で値引き交渉が行われるにしても、即金で買うよりも高くなる。 掛け売りは商人にとっては(キチンと代金を回収できればだが)ボロ儲けのチャンスでもあったわけだ。 越後屋の「現金掛け値なし」は、そういう状況の中で、「現金のみの定価販売」をやったという意味だ。「商品はその場で現金引換えで値引きは一切無し」、その代わり商品の定価は掛け売りの場合よりもかなり安いですよ、というわけだ。三井が江戸に移り、越後屋を創業したのは1673年。大坂夏の陣が終わって約50年。江戸の経済も順調に回りだし、花が咲いた元禄時代がへと向かっていた経済成長時代だった。 「現金掛け値なし」でも十分に商売が成り立つ時代に入っていた。そこにまともな商品を破格の安値で売り出したのだから、大成功となった。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

分かりやすくありがとうございます。

お礼日時:9/27 23:37

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当時は、殆んどが「つけ」で商売をしていた。支払は年に2回。盆と正月の時。(盆の前、大晦日までに支払う) まあ、そばなどは別でしたが・・・。 そして、普通の日用品はともかく、殆んどが「掛け値」が普通でした。要するに、売り手と買い手が交渉して、いくら負けさすか、が普通の商い。 これは今でも普通にありませんか。 例えば、電化製品を買おうとする。カタログを見ると価格は「オープン価格」なんてね。 また、町の電気屋さんでの購入と、大手の電機量販店で買うのとでは、同じ製品でもかなり価格が違う。 自動車なんかもそうでしょう。 これを、その場でお金を支払う。掛け値はありませんよ。と言う方法でしたから、人々は安心して買うことができたってわけですよ。 特に呉服屋さんですからね。今なら、大きな紳士服や婦人服の洋品店ですからね。