中国史について質問です。

中国史について質問です。 私は最近キングダムと三国志の漫画にハマっていて 色々ネット読んだりして、知識が少しだけ増えました。 中国史ビギナーみたいな感じです。 そこで質問です。 キングダムでは、名前が 李 牧 (苗字)(名) のような感じですよね???子孫には、李の部分だけが伝わって下の名前は名付けるという形だと思っています。 今の中国もそのような形態な気がします。 しかし三国志では 孫 策 伯符 (苗字)(名前?)(字) のように、4文字になっています。そして普段は字は使わず孫策とみんな呼んでいると思います。 孫策伯符さんが伯符と呼ばれている場面を見た事がないです。しかし、諸葛亮孔明は孔明と呼ばれることが多いです。諸葛孔明と呼ばれることもあります。 調べたら、名前と書いた部分が省略されていたり、字があるけどわざわざ出していなかったりします。 そこで質問です。 Q1 そもそも字とはなんですか?? Q 2 キングダムと三国志の年代は400年以上ほどの差があると思うのですが、その間字という制度ができたのですか?また、なぜできたのですか?? Q3 諸葛亮孔明が孔明と呼ばれることが多いにもかかわらず、司馬懿仲達などが仲達と呼ばれないのは何故ですか?? まだまだ中国史について全然理解できてなくて、マスター様が見たらなんでこんなのも分からないのだよって思うかもしれないのですが、すごく気になるので答えてくださったら嬉しいです。長いのに見てくれてありがとうございました。

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ベストアンサー

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李牧の牧は字(あざな)です。名は難しい字ですが「繓(さい)」と言います。日本には無い字になりますね。 キングダムの描いている時代、春秋戦国時代とか先秦時代とか言いますが、その頃には字のルールはまだ固まっていなかったので後の三國時代などとは少し様相が変わってきます。そういう所も理解を妨げる一因ではありますが、まあざっと解説しましょうか。 と、その前に。姓と氏と苗字と名字は実は厳密には異なるものです。現代日本では意味が混ざって「同じもの」になってしまいましたが、特に先秦時代では明確な区別があり、使い分けないといけません。「苗字」と表記するのは近世以降(つまり日本では江戸時代とかそのあたり)になるので、先秦時代には「苗字」はなかったということになります。ここは中国風ということで「氏」と書くのがよいでしょう。 なお具体的には、 姓:広い意味での同族(血縁関係)全体 氏:同族の中での特定の一族 という違いがあります。特定の一族というのは、「出身地が同じ」ということ。同族でも各地に散らばって出身地が異なる場合があり、出身地が異なれば同族であっても一族ではないということになります。 名字は中国史上ではあまり使いませんが、使うとすれば「一族の中の特定の家族」でしょうか。姓の示す範囲は広すぎて、三國時代の頃には既に有名無実と化していて、意味としては姓も氏も区別されなくなっていますが、キングダムの時代は厳密に区別されていました。 で、既に書いた通り李牧は 氏:李 名:繓 字:牧 です。この時代の人物は名を省略して呼ぶことが多いですね。例えば項羽なども羽が字で、名は籍(せき)と言います。李牧も姓が別にあるはずですが(もしくは氏が別にある)、私は先秦時代はあまり得意ではないのでちょっと短時間では調べきれません。ご容赦を。 質問者さんが例示した孫策は 氏:孫 名:策 字:伯符 ですね。このころになると普通に氏名で表記されます。姓と氏の区別も曖昧になっており、事実上「姓」に統合されています。 なお名というのは気安く呼ぶと失礼に当たるもので、本人に面と向かって名を呼んでいいのは両親や主君などの「限られた上位者」だけでした。そのため、普段使いの通称(通名)として字を用います。こちらは兄弟姉妹や友人知人など、幅広い人たちが呼ぶことができます。字は「実際に本人と会話するときに用いる呼び名」なので、後世の我々は基本的に字を使うことがありません。それで質問者さんが「孫策」を見ることはあっても「伯符」はあまり見ないわけです。でも小説などでは伯符と呼びかけるシーンなどが結構あると思いますけどね。 ちなみに「名」は生前に使われる名前で、本人が亡くなった後は同じものが「諱(いみな)」に変わります。孫策は既に故人なので「策」は名ではなく諱です。いみな、つまり忌み名ということで、基本的に避けるべきである名というものをよく表しています。 ここまででだいたいお分かりかと思いますが、名(諱)も字も分類としてはどちらもファーストネーム(個人名)になりますので、重複して読むことはできません。だから「孫策伯符」と書いたり呼んだりするのはダメ、ということになります。「孫策」あるいは「孫伯符」が正しいです。 諸葛亮が諸葛孔明だの諸葛亮孔明だのと呼ばれるのは、1400年頃の元の終わりから明のはじめにかけて成立した小説『三国志演義』の影響です。今は二次創作や翻案などが溢れかえっているので非常に分かりづらいですが、本来の原典としての『三国志演義』では、主人公格である劉備を「玄徳」、諸葛亮を「孔明」、敵役である曹操を「孟徳」、司馬懿を「仲達」と、それぞれ敢えて字で表記しています。その他の人物はほとんどが氏名表記です。 これを受け、小説家の吉川英治氏が戦前に発表した小説『三国志』でこの四名を姓名字を続けて表記したことにより、日本では姓名字を全て併記することが長らく一般的になりました。日本人は基本的に二字姓二字名が一般的なので、一字姓一字名(他に字)という中国人の名前の表記に違和感があったのでしょう。諸葛亮や司馬懿などの二字姓一字名は余計に違和感があったはずで、そのため「諸葛孔明」「司馬仲達」という呼びが一般的でした。 それがきちんと本来の字義に沿って併称をやめるようになってきたのなんて、せいぜいここ20年くらいのものです。それでもなお「諸葛亮孔明」「劉備玄徳」などと表記・呼称する人はまだまだ多いと思います。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

本当にわかり易すぎて凄いです…ありがとうございます!!諸葛亮孔明という表記は間違っているのですね…すごくためになりました!!他の方もすごく良かったのですが1番長く詳しく教えてくださった方をベストアンサーにさせて頂きました。

お礼日時:9/9 21:42

その他の回答(4件)

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李牧は正確には 「李・繓(さい)・牧」だが。 名前を2回付ける習慣が廃れただけ、日本も同じで織田三郎信長の信長の部分だけメジャーなだけ。 産まれた時に付ける名前と昔は成人したらもう一回名前を付けたってだけの話。

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例えば諸葛亮孔明や劉備玄徳なら 姓=諸葛 名=亮 字名=孔明 姓=劉 名=備 字名=玄徳 となります、名は諱とも言い死後の呼ばれ方でもあるので非常に不吉ですから一般的には使いません、親が子へ主君から配下に呼びかける場合などは許されますが、やっぱり失礼にあたるのでほとんど使わないでしょう、名=諱を呼ばない為に字名があるのですが、字名も家族などよっぽど親しい間でなければつかいません、ならどう呼び合うのかと言えばキングダムや三国志に名前が残っている様な人物は皆身分の高い人ですから、劉左将軍、諸葛丞相といった具合に官職で呼びます 文字にする場合は名と字名は一般的には一緒には使いませんから、諸葛亮か諸葛孔明と書くべきで諸葛亮孔明とは書かない方が良いのですが、歴史書の中には諸葛亮孔明と記述されているモノもある様ですので、そんなに気にするモノでもないでしょう、まして日本の漫画でその辺突っ込むのは野暮ですw キングダムの時代にも諱や字名はあった筈です、キングダムの時代より遥か昔、キングダムにも出てくる斉を作った太公望は姓は羌または呂、諱は尚、字名は子牙です、統一王朝として文化が成熟するのは漢代に入ってからで、秦やそれ以前の資料ってのは当時でも、余り残らなかった為に多くは伝わらなかったのでしょう

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字は通常使われる呼び名で、名は特定の人や目上の人以外がよぶと失礼にあたります〜通常名の代わりに字が使われます。 なので通常は諸葛亮孔明のように姓名字と続けては呼びません(というか間違いです)。諸葛孔明もしくは孔明(日本人的には姓名、もしくは名で呼び合ってる感じ)と呼ぶのが正しいようです。ただ名と字が一緒の人もいます。 あと目上の立場の者が名でなく字で呼ぶ時は敬意を表してるようです(尊敬に値する部下ってことかと)。 今はずいぶん正しく使われてるようですが、昔は字や名の使い方を間違ってる漫画や小説が多かったようですよ。 「死せる孔明生ける仲達を走らす」の故事のように二人とも字で呼ぶのが普通だと思います。 あくまで中国系に詳しい小説家(私がファンな)の受け売りの知識なので、間違いがあったらすみません。

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