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2020/9/9 3:42

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現代アートに価値を見出す人は本当に何が凄いのか理解してるんですか?

現代アートに価値を見出す人は本当に何が凄いのか理解してるんですか? 素人の私にはゴミや落書きにか見えないんですが.... 例えば私がテキトーに絵具ぶちまけた画用紙を高そうな額縁に入れて有名なアーティストに発表してもらったとして、専門家は本当に見抜けるものなんですか?

美術、芸術 | 絵画163閲覧

ベストアンサー

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便器にサインをしただけでアートと呼ばれているように、「素人が絵の具をぶちまけただけのものをアートと呼んじゃう俺」みたいなパフォーマンスもあり得るので、実際に質問者さんの絵が何百万円という値で取引される可能性はあります。 専門家も絵を見て良い絵かどうかを見抜いているわけではないと言っていいでしょう。作品自体に「すごさ」みたいなのが絶対的に存在しているわけではなく、それを見て「これはすごい」と言う人がいればそれで値は付きます。 多くの人が単純に良い絵だと思うのは、漫画やイラストなど広く世間に広まって人気になっているもので、今現在の芸術という分野が担っているのは「こういうのも良いと言っていいんじゃないか」と新しい表現を研究・開拓する部分です。すでにこれは良いものだと分かっているものとは違うので、本当に良い物なのかどうかは専門家にも分かりません。「良いと思ったけどそうでもなかった」という結果になることもほとんどなので、現代芸術の99%はゴミでしょう。でも残りの1%が今後の世界を変えます。その1%を生み出すために99%のゴミも一緒に出てしまうというだけ。ゴミやただの落書きに見えるのは当然です。99%は本当にゴミなんだから。 今現在、漫画やアニメ、ドラマや映画などに当たり前に使われている表現も、昔いつか誰かが作ったものだったりします。作られた当時は他の似たような案も多数あり、どれが本当にいい表現方法なのか分からなかったとしても、なんとなく残る奴と消える奴に分かれる。99%は消えるとしても、誰かが1%を作ることで世の中は面白くなっていく。どの現代アートに価値があったのかが分かるのは未来人だけで、現代の専門家には分かりません。これが新時代を作りそうな気がする、と予想をするだけ。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

沢山の回答を頂き、とても悩みましたが一番しっくりときたのでこちらをベストアンサーとさせて頂きます。 やはりどう説明されても私には現代アートはゴミにしか思えなかったんですが、ほとんどは新しいものを生み出す為の副産物でしかないとすれば納得です。 回答ありがとうございました!

お礼日時:9/11 2:40

その他の回答(10件)

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本気で真剣に均整が取れたバランスのいい技術を駆使した完璧な透し図法を用いた絵がすばらしいという価値観以外の価値観も存在します。 それらを全部否定する絵もあります。 誰がどんな意図でどのように表現を具体化するかは 人によって全部違います。 それらを「専門家」と呼ばれる人が皆正しく理解するかどうかはわかりません。 何が凄いかは、専門家に限らず、素人でも自分が凄いと感じれば凄いわけで・・・。 凄いは絶対的価値観でありませんから。 ゴミや落書きに破格の価格をつけて実際に買う人もいます。 それは多くの人に理解できない場合があるかもしれません。 表現の凄さなのか、経済活動の凄さなのか、それも人それぞれです。 専門家に期待しすぎなのでは。 専門家はわかるのか、見抜けるのか。 別に専門家がアホ垂れな判断をしてもどうでもいいのでは。 というと、回答を投げ出してしまっていますね。 でも、実際問題、ア-トの価値、殊に金額的価値はそのとき金を払う人がいくら出すか、時限的な要素もあるのでそれでもって不変的な価値になるわけでありません。 実際、チャリティなどは寄付に廻るので、ア-トはただ寄付をする為の口実でしかありません。 「表現」の凄さと「資産」の凄さは別次元のものです。 ご質問への直接的回答としたら、「専門家は見抜けるか」については見抜けるでしょう。 専門家ですから。素人の作品を名のあるア-ティストが自分の作品としてご大層な額に入れても、作品としてのティストが全然違うのでそれくらいならわかります。専門家ですから。

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「現代アート」という言葉が示す範囲が 多岐にわたるので、 なんともいえませんが、 その多様性故に、 一部の「現代アート」と呼ばれる作品に対して、 理解や価値を認めている人でも 他の一部の作品は全く認めないという人がほとんどかなと思います。 ジャンルや方向性も多種多様なので、 これら全てに共通する固定した評価基準がありません。 加えて、その中でも過激な アブストラクト系の作品に於いては、 「古典的な価値観の破壊」その物が目的という場合も有りますので、 そうなってくれば、「古典的な美意識」を善として目の当たりにすれば、 嫌悪感しか抱かないでしょうし、 それ自体が作者の意図だったりもしますから、 ややこしいですよね。 誤解を恐れずに言えば、 「おもしろければ」それでいい。 「共感しない人がいても」それでいい。 という「自由度」というかいい加減さが、 ひとつの現代的な美術のあり方でもありますので、 理解できる人というか、 「おもしろがれる人」には面白いでしょうし、 そうでないひとにはそれなりにしか価値を感じないというので、 良いのかなと思います。 価値を認める事も、その人の自由と言う 放任主義的な世界でもありますから、 別に、価値を見いださない人がいても当たり前です。 そもそも、過去から切り離して、 「価値観の画一化」から抜け出して 派生してきている世界で、 また、実験を繰り返している分野ですから、 逆に世界に等しく認められた瞬間に、 作品としての本随が無くなってしまうという危うい物でもあります。 1つの作品に さまざまな意見や価値観の視点が 同時に存在する事が面白味の1つでもありますので、 ご質問者様の意見ももっともですし、 そうでない人も存在して良いと思います。 ご質問にある 「専門家は本当に見抜けるものなんですか? 」については、 別に何かを見抜いていはいないと思います。 ただ単に、それらの作品や作家に対して、 キュレイターやバイヤーが、 なんだかわからないけれど、 「面白い(かも)」とか「新しい(気がする)」と 思っただけなんだと思いますよ。

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邪心無く心を発露した絵、即ち芸術絵画の落ち着く先が抽象画です。 「no art no life」 NHKで放映してますので一度、観てはどうでしょう。 邪心だらけの、某芸能人の抽象画は、流石の貴方にも、ゴミだと分かるでしょう。

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中学生以来、本気で熱くなったことがない俺からすれば、アートは全て素晴らしいものに観えます。 考えてみてくださいよ。 軽蔑されてるようですが、ペンキをぶち撒けるって中々勇気がいる事だと思いませんか? で、実際やってみるとね、色々と拘りが出てきますねん。 ペンキぶち撒けただけに見えますが、拘り出すとぶち撒ける構図とかも気になってくるもんですよ 多分だけどw

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それが良いか悪いか売れるかどうかは見抜けます。 絵画は10万枚見て一人前みたいに言われます。 現代アートのことをよく知らない人がみんなあなたと同じような感想を持つのですが、そんなに甘い世界じゃありませんよ。