名付けと漢字の関係・文化について質問します。 長男、次男、三男…と言った順序・順番を日本ならば、一郎・太郎、次郎・二郎、三郎…と言った形で、漢数字で表しますよね。

名付けと漢字の関係・文化について質問します。 長男、次男、三男…と言った順序・順番を日本ならば、一郎・太郎、次郎・二郎、三郎…と言った形で、漢数字で表しますよね。 支那文化の名付けにおいて、漢字で順序を表すと聞きました。 司馬八達、馬家五常、等。 司馬八達なら、伯、仲、叔、季、顯、惠、雅、幼。 馬家五常なら、孟、仲、叔、季、幼。 つまり長男ならば、伯・孟。 次男ならば、仲。 三男ならば、叔。 四男ならば、季。 ですよね? でも五男以下って如何なっているんですか? また長男は如何して「伯・孟」と二文字もあるのですか? それと「輩字」って、別物ですか?

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まず最初に言っておくけど、「支那文化」などというものは存在しないしそんな言葉もない。「支那」という言葉は現在では差別用語・侮蔑用語とされており、そのような言葉を敢えて造語にしてまで使おうなどというのは、自らを差別主義者だと公言するに等しい所行。 質問者がそのような意図でないのならば訂正を求める。訂正がなければ差別主義者だと断定するが如何に? 表意文字である漢字を用いる中華文化圏において、名付けにおいて文字で幼長の序を表すのは当然のこと。全ての文字に意味があるのだから、文字で表される全ての言葉には意味があるものです。 幼長の序に関しては概ねこのようになります。 長男:伯 次男:仲 三男:叔 明確に決まっているのはここまでです。他に 末っ子:季 がよく知られています。漢の高祖劉邦の字が「季」であり、ここから彼は末っ子だと見なされています。 長男に関しては他に「孟」が使われる事があり(曹操の「孟徳」、馬超の「孟起」など)、伯が嫡長子で孟は庶長子である、などと言われますが明確に確認されたことはないはずで、定説にはなっていないと考えられます。曹操も馬超も庶子であったという話は伝わっておらず、庶長子であると分かっている曹昂や袁術は字に「孟」の字を持ちません。 ところで、襄陽馬氏に関しては四男と五男のみ名と字が伝わっており、長男から三男までは名前も字も伝わっていないはずですが、長男の字が「孟」であるというのはどこから得た情報ですかね?出典を明示をお願いしたい。 なお三國時代においては、「季」のあとにさらに男子が生まれた場合に「幼」を用いる例が散見されます。襄陽馬氏の馬謖(幼常)、夏侯淵の息子の夏侯栄(幼権)など。三國時代では「季」は四男、「幼」は五男である事が多く、夏侯淵は7人の男子を設けており六男は「稚権」、七男は「義権」です。六男までは字義を合わせて名付けようと苦心した様子が伺えますが、七男の誕生に至ってどうも諦めた模様です(笑)。 司馬防の八子は計画的に字が名付けられており八男が「幼」ですが、最初から8人も設けるつもりだったとは考えづらいので、おそらく八男が生まれた後に字を変えて調整したものと見られます。そもそも加冠するまでは基本的に小字(幼名)で呼ぶため名も字も付けない事さえありますので。 つまり、明確に決まっているのは三男まで、他に末っ子と末っ子(季)の後にさらに生まれた場合(幼)が決まっている程度で他は特に取り決めはありません。というか幼の用法は多くの用例から推測した結果として通説になっているだけで、明確にそのようなルールがあると書かれた文献資料があるわけではありません。 なぜ兄弟の上の方だけ決まっていて下は決まっていないのか。それは「跡継ぎ」の問題があるからです。基本的には長男が継ぐべきで、長男が継げないならば代役として次男、次男もダメなら三男が代わるわけで、ここを明確にしておかなければ後継問題が起こるわけです。一般の庶民や下級役人などの家ならさほど気にすることもないでしょうが、貴顕の家、特に王侯や権臣の家が後継問題に揺れては一大事です。そのために幼長の序を明らかにして、問題発生を未然に防ぐ意図があるわけです。対して四男以下は基本的に跡を継ぐこともありませんから、それで順列が決まっていないのです。 「輩字」はまた全く別の概念で、「一族内での世代順を表す文字」です。始祖から数えて十世代目はこの字、十一世代目はこの字、という感じでその世代の全員が同じ文字を使います。これは字ではなく名(諱)に見られるもので、二字名の多くなってくる中世以後に一般的になってくる名付けの例ですね。

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中国あるいは中華とは、支那・チャイナの漢族を自覚する人々が自らの国家、文明、民族等を世界(アジア)の中心・頂点であると一方的に尊称・自称したものにすぎません。 従って、そもそも論として、中国、中国人、中華民族等は存在しないのです。むしろ中国、中国人、中華民族等の利用や呼称を強要するのは、その時点で、連中の政治工作・宣伝であり、阿諛追従、媚びへつらいの売国・売民族的行為です。 地理的、事実的な表現として、連中は支那(人)・チャイナ(人)であり、百歩譲って漢族が正確な表現の筈です。 正名論ではありませんが、名を正して、使うようにしましょう。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

支那・チャイナの呼称や利用に関する以外は、とても分かりやすい解説、説明、回答、ありがとう。 正名論って大切ですよ。真の意味での友好の為にも。阿諛追従や媚びへつらいからは、歪んだ関係しか生まれないので。

お礼日時:9/16 10:49

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先ず、仲は長男と年が近い次男のことで、年が離れている次男や三男を叔と呼びます。 季は長男からかなり年が離れていて後継ぎの候補にもなり得ない子で、幼ともなれば長男の息子と大して年が変わらない子です。 この序列は大家族の家長から見た順番で、中国では従兄弟も同じ兄弟になります。 だから家長(祖父)から見た孫の代は伯が次男の息子で、叔が長男の息子だったりします。この場合に長男の息子が次男の息子(伯)と同じ時期に生まれた子だったりすると孟と呼ばれたりします。 地域などによって違いはありますけど。