剣の時代が終わったのはいつですか?

剣の時代が終わったのはいつですか? 小学館漫画日本の歴史で「鳥羽伏見の戦い」で逃げる幕府軍が「もはや剣の時代は終わったか。」といっています。でも、関ヶ原の戦いでも鉄砲隊や大筒が出るし、とっくに剣の時代は終わっているのに何故そういう描写があるのですか? 織田信長も鉄砲使って武田軍を破っているのに、その時は何故「もはや剣の時代は終わったか。」とは言われなかったのですか?

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ベストアンサー

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2つ説があるよ! ①江戸時代に入ってからは比較的戦争が無かったため、銃が衰退し刀の時代に戻ったんだけど、鳥羽・伏見の戦いで銃を装備した新政府軍に敗北したことから、やっぱ剣は銃に勝てないなぁっていう意味で『剣の時代は終わったか』って言った説 ②この剣(刀)というのは、『武士の象徴』でもあったのだけど、その武士達がヨーロッパの軍隊みたいな格好した新政府軍に負けちゃった事から、『武士の時代は終わった』という意味を込めてそう言った説

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆様ありがとうございました。

お礼日時:9/20 8:45

その他の回答(5件)

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戦場の主力兵器が剣の時代だった事はほとんどありません。 源平の頃なら弓馬→槍→鉄砲と変遷して行きます。 刀は武士の象徴的意味合いが強かったのです。 武士の象徴と言う意味なら明治9年の廃刀令。 戦場での兵器としてなら明治10年の西南戦争の田原坂の戦いでは示現流による切込みが地の利を活かして功を奏しましたが結果的に敗れました。 これを持って剣の時代は終わりました。

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文明開化 になった時に終わった? 「和魂洋才」とは言いますが、 和 は 魂 だけになって、 兜(かぶと)をかぶる為の 月代 は 禁止になり、廃刀令 が 出され、お城は 売りに出され 壊されました。

織田信長の時の 終わった は、刀槍などの白兵や弓矢などを主武器にした 戦争の時代は終わった。 (戦艦の時代は終わって 空母の時代になった。というような意味) という意味で、 幕末の「終わった。」は、「刀は 武士の魂」の時代、武士だけが 特権階級として 帯刀できた時代 は 終わった。 という意味?

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長篠の戦いにおいて 信長が 鉄砲の三段撃ち を行なって合戦に勝った ということは近年疑問視されています。 また信長軍の鉄砲の数も 従来言われてきたような三千挺などではなく その三分の一、千挺ほどではなかったか とも言われています。 その真偽はともかく 信長、家康連合軍は武田軍の倍以上の兵力だったとされています。 つまり鉄砲、装備の差で兵力や兵の熟練度、強さを覆して勝ったとは言えないんです。 しかもこれより後の合戦 例えば関ヶ原の合戦などにおいても 鉄砲が主力の装備となったり その鉄砲、装備の差で合戦の優劣が決まるなどしていません。 一方 これまた近年疑問視されているのですが 鳥羽伏見の戦いでは 兵力が劣る薩長=官軍の側が 装備の差で兵力差を覆して旧幕府軍に勝った そう従来伝えられたりしました。 しかも長州軍を象徴するのが 農民出身の奇兵隊出身の兵 先祖代々の兵士で幼いころから武道の鍛錬をした武士 あるいは刀を使った戦闘を幾度も経験した新撰組 彼らが刀を使っての戦闘であれば負けることはないのに 装備の差で敗れた それを自虐的、あるいは言い訳として言ったもの・・・ ただ それらは必ずしも実際に言われたことかどうかははっきりしないものだと思います。 この時代 特に新撰組を描く映画、時代劇 あるいは小説などにおいては必ずと言って登場するシーンですけれど

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個人的な私闘ならともかく、剣の時代というものはありませんでした 戦場では遠距離なら弓矢、近くなれば投げ槍、さらに近づけば槍の 叩き合いです

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幕末の騒乱では中村半次郎や岡田以蔵といった人斬りが活躍してるし新撰組だって剣客ばかりで鉄砲使いはいません。既に回答がある通り平和な江戸時代の間に鉄砲は無用の長物となり、武士が使うのは刀になっていたのです。だから軍制改革で西洋式の鉄砲術を身分ある武士に仕込もうとすると「鉄砲なんて足軽の使うものだ」と言って拒否される始末です。ところはいざ戦争になるともはや刀では何もできない。鉄砲の時代だったと改めて思い知ったのです。

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薩長に比べて改革が遅れた会津藩で新式の鉄砲術を学んだのは年若い白虎隊でした。二本松藩ではさらに年端もいかない子供たちです。幕府の伝習隊もまた若者たちです。頭の固くなった大人はついてこれなかったのです。