松本清張の黒の奔流を映画で見たのですが原作(種族同盟)では主人公が男性なのですね?

松本清張の黒の奔流を映画で見たのですが原作(種族同盟)では主人公が男性なのですね? でも、それだと映画のストーリーなら成り立たなくなると思うのですが、原作は全く違う話なのですか? 以降に作られたテレビドラマ版も全て女性が主人公とWikiにありました。ストーリーを変更してまで女性にする必然性はあるのでしょうか? 映画「顔」もそうですね? 海外ではシャーロックホームズの助手のワトソンが女性というのもあります。 他にも主人公が女性に変わったケースがよくあります。 主要登場人物が男性ばかりではムサイから華のある女性を起用したということでしょうか? 興行のためにはお色気も必要ということですか?

日本映画 | 小説21閲覧

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主人公というか、容疑者は男性です。そのため、弁護士事務所に勤めた後は主人公と男女の関係などにはならず、事務所のお金をくすねたり、事務員の女性を襲おうとしたりと問題を起こしたために解雇しようとすると、事件の真相を告げて逆に脅迫し、主人公が恐怖するというシーンで終わります。 映画では容疑者を女性にすることによって、主人公と容疑者の関係が濃くなってサスペンスとドロドロ感が増し、より与えるインパクトが強くなっていますので、良い改変だったと思います。そのため、後のドラマ版も映画を踏襲しています。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

回答ありがとうございます。

お礼日時:9/28 18:05

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映画「黒の奔流」については知りません。 主人公を女性に変えるとストーリーが成り立たなくなるのでは、との指摘。映画を見てそう感じられたのでしょうか。後から原作種族同盟を読んで思ったのでしょうか。映画鑑賞の時点で違和感がなかったのなら、「主人公が女性でも差し支えがないように」ストーリーを変えているのかも知れません。 なぜ女性主人公? との疑問とはずれますが、ミステリー系映画で原作小説と変えるのはよくあるらしいです。とくに犯人。映画を観る人はすでに小説を読み犯人を知っていることが多く、「そのままではなく意表を突かねば」と映画製作者は考えるようです。むろん、不自然にならないようストーリーはいじって。 さて、現在は男女同権意識が浸透しつつありますが、昔はそうでなかった。名作といわれる物語でも「物語世界を動かしているのは男」の意識がにじみ出ているものもあります。以下私の推測ですが、原作どおりじゃつまらない、鑑賞者の意表を突き新鮮に見せるには――手っ取り早いのが登場人物の性別を変える手法なんだと思います。 例としてあげられたシャーロック・ホームズのワトスン女性版。男性同士のパート―ナ―にはホ〇疑惑がつきまとうので変えた狙いとみますが、「主役は男性、助手は女性」の固定観念と受け取られ、評判は今一つのようです。

ホームズ関係で追加。 日本でも『ミス・シャーロック』という主人公を女性に置き換えた舞台劇、ドラマが制作されました。現代日本で卓越した推理力からシャーロックとあだ名される女性が主人公。主演は竹内結子さんでしたが・・・。27日、竹内さんが亡くなったニュースが流れ驚いています。