この日本の空母の名前がわからないです。

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三段甲板時代の赤城。艦尾の形状から確定。ただしこの時点では、赤城も加賀もとっくに改造を終え一段甲板になっているが、改造後の姿は軍機とされ、世間には三段甲板時代の画像を出回らせていた。これもその一枚ということになるだろう。 牧島貞一の著書「ミッドウェー海戦」で、昭和17年に赤城に座乗することになった報道班員の牧島を乗せた内火艇の上で、見慣れた姿の赤城が見当たらず焦っていると、見慣れぬ一段甲板の空母に案内され、担当士官から「世間に出回ってるのは改造前の写真ですからね」と言われるシーンが描かれている。つまり報道班員でも赤城の改造後の姿は知らなかったということ。

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いわゆる三段空母時代の「赤城」です。 既に指摘のあるとおり、「加賀」なら特徴ある煙突が左舷にもあるのですが、それが見えません。 山猫さんの挙げられた写真は両方とも「加賀」です。 なお、「赤城」は昭和10年11月から全通式飛行甲板への改装工事が始まり、絵葉書が出た時点では全通のよく知られる姿となっています。

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「三段空母」ですので、 空母「赤城」か「加賀」にいずれかでしょうね。 写真の上が「赤城」で、下が「加賀」ですが、見分けが付きません。 なお2隻とも、ミッドウェー海戦で撃沈されました。

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三段空母時代の赤城でしょう。加賀は巨大な誘導煙突がありますがここには写っていません。