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2020/10/19 19:02

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董卓は丁原を倒し、強大な軍事力を手に入れたというところまでは理解できたのですが、そこから先具体的にどのようにして政権を獲得したのですか?

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質問者

2020/10/19 20:50

ご回答ありがとうございます。学校の世界史の授業で三国志について興味を持ったため、現在自分なりに勉強しております。至らない点もございますが、ぜひご教示していただけるとありがたいです。 何進は宦官打倒に際して、袁紹の提案を受け入れ、各地から将軍を洛陽に招集しています。そうした中の1人が董卓だと認識しており、董卓は段珪に拉致された少帝、劉協を救出後、宮中に帰還したとあります。その後、一連の流れで丁原を倒し、強大な軍事力を手に入れるところまで把握しています。 この後に、具体的にどの様な経緯を経て一端の官僚に過ぎなかった董卓が相国にまで上り詰めるのでしょうか?

ThanksImg質問者からのお礼コメント

とてもわかりやすかったですありがとうございます!!

お礼日時:10/21 17:35

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丁原だけで無く何進の弟で車騎将軍だった何苗も殺して、その軍を吸収した事で洛陽の衛兵の兵権を一手に握ってますね、兵権握ればそれだけでも朝廷の人事を操るには十分です その後、劉弁が無能だから劉協を立てた事になってますが、見方を変えれば劉協に味方して外戚の様な立場になったんじゃないでしょうかね、劉協の祖母董太后とは同名ですから、董太后の派閥の残党と結びついた様にも思います 後、劉弁の廃嫡には太傅の袁隗が賛成してますから、名士の指示が得られないって訳でもないです、結局政権を維持出来なかったのは旧何進派の袁紹等を潰しきれなかったから巻き返しを喰らいましたね