ID非公開

2020/10/23 16:26

1414回答

創価学会はなぜ宗教なのに神社に行ったら行けないルールなのでしょうか?

補足

乱立ではなく連立でした。 すみません。

2人が共感しています

ベストアンサー

6

6人がナイス!しています

ThanksImg質問者からのお礼コメント

みなさん、ありがとうございました。

お礼日時:10/31 11:11

その他の回答(13件)

3

それは自分達の組織が唯一正しく他は間違っていると考えているからで 唯一正しい組織の信者が他団体を参拝したら矛盾するからでしょう あと政党ですが我々一般市民はカルト政党を認めても支持もしていません 国民が黙っているのも弱小政党だからですしかし日本に害悪しかもた らさない組織と政党なのは間違いありませんそんな組織も悪評が広がり 信者が激減していますカルトの悪行を拡散することは重要な事ですね

3人がナイス!しています

2

創価学会は池田大作が日本での最高神なんです。 神社の殆どは天照大御神を祀っていますが、創価学会に池野大作と言う頂点にたっぷり神様がいるから他の神様を崇めてはいけないと言う事です。 創価学会は本来宗教法人ですが神社は全く関係ないのですけどね。

2人がナイス!しています

1

創価学会の幹部は朝鮮人で 信者の多くが在日だからです。 普通の日本人なら家に代々伝わる仏教宗派があり、天皇陛下が教祖である神道も重んじます。 自民党については間違ってます。 今の閣僚のほとんどは統一教会ですよ。 安倍元総理もそうです。 公明創価との現政権は、 正に朝鮮カルトそのものです。 騙されてはいけません。 今の自民党は反日です。

1人がナイス!しています

0

創価学会員です、 それは30年前の日蓮正宗から破門前の話し 神社に行くのはダメ、祭り参加も見るのもダメ、クリスマス、ハロウィンも全てダメ こんなバカげた話しはありません、私は破門前から神社の出入り、クリスマス、ハロウィン、祭り等、自由にしておりました、 創価学会としては自由なのです、破門してくれたおかげで、日蓮正宗に気を使わずに済んだのです、 ただ参拝だけは禁じてます、創価学会には日蓮大聖人の御本尊が有るからです。 しかし何が何でも参拝はダメという訳でも無いのです、 会社行事でお正月に神社に行き会社の代表6名が神主の前に並びお祓いの儀式です、 私も、その中の一人です、神主の指示通りにしました、 もし私がイヤだイヤだと拒否すれば他の五人にも迷惑が、かかるし、神社関係者の人にも申し訳ありません、 神社に来たからには神社のルールに従う、これが大人の対応と思うからです、 「身は従がえども心は従わぬ」……御書の一説です。 「心こそ大切」なのです。 創価学会は全て自由なのです、 神道の結婚式にも参加しました、神社で買い物、食事もしました、 これが創価学会なのです。 コンビニより多い神社仏閣、避けて通れないし、避ける必要も全く無いのです。 日蓮正宗とは考えが真逆なのです。

ただ自分からすすんで神社に行くことはありません、 会社の行事や友人からの誘い等の場合です、 神道での結婚式も結婚を祝うもので、あって神を祝ってる訳では無いからです、 目的は結婚式です。

0

>創価学会はなぜ宗教なのに神社に行ったら行けないルールなのでしょうか? では、なぜ創価学会員が、神社に行かなければならないのでしょうか。逆に、それを問いたく思います。それに、「宗教と言えば神道だけである」と言わんばかりですが、それは質問者独自の考えでしかありません。国内にも世界にも、キリスト教やイスラム教の信者、神道を根本としない宗教の信者もいます。ならば学会にだけではなく、これらの宗教信者にもそのような質問をすべきです。 「釈迦・多宝等の十方・無量の仏・上行地涌等の菩薩も・普賢・文殊等の迹化の大士も・舎利弗等の諸大声聞も・大梵天王・日月等の明主諸天も・八部王も・十羅刹女等も・日本国中の大小の諸神も・総じて此の法華経を強く信じまいらせて余念なく一筋に信仰する者をば影の身にそふが如く守らせ給ひ候なり」(上野殿御消息) 神とは、上記の日蓮大聖人の仰せにもある通り、法華経、つまり南無妙法蓮華経を強く信仰する人を、身に影が添うように、守護する働きなのです。あくまでも守護の働きをするのであり、神は信仰する対象ではないのです。そのような神のことを学会では「諸天善神」と呼んでいます。 神というのは、法華経の行者にとっては、いわば「家来」のようなものであり、法華経の行者が「主君」なのです。「私はこれだけ法華経(南無妙法蓮華経)を人々に語って教え、広宣流布している。だから君たちは、私を守護する義務があるのだ」と、命じることができるのです。それなのに、どうして「主君」がわざわざ神社に行って「家来」に頭を下げなければならないのでしょうか。おかしなことです。 「今末法に入りぬれば余経も法華経もせん(詮)なし、但南無妙法蓮華経なるべし、かう申し出だして候も・わたくし(私)の計(はからい)にはあらず、釈迦・多宝・十方の諸仏・地涌千界の御計なり、此の南無妙法蓮華経に余事をまじ(交)へば・ゆゆしきひが(僻)事なり、日出でぬれば・とほしび(灯)せん(詮)なし・雨のふるに露なにのせんかあるべき、嬰児(みどりご)に乳より外のものをやし(養)なうべきか、良薬に又薬を加えぬる事なし」(上野殿御返事) 神の守護の力は、あくまでも、日蓮大聖人が書写された曼荼羅御本尊を拝むことによって発生するのであり、神そのものを信仰しても、その力を引き出すことはできないのです。この曼荼羅御本尊には、様々な神や菩薩の名前が記されています。それが、御本尊の中央主題に記されている「南無妙法蓮華経」の光明に照らされることにより、神本来の守護の働きが生じるのであると、大聖人は仰せなのです。 それなのに、「南無妙法蓮華経」以外のものを信ずるのは、「ゆゆしきひが(僻)事」、つまり道理に合わないこととなり、明るい日中に照明をつけたり、特効薬を服用しつつ別の効き目の劣る薬も服用するような無意味なことであり、さらには謗法(ほうぼう、正法を誹謗して信受しないこと)となって、功徳は生じないのです。 よって、創価学会員は、神社には行かないのです。

例によって、この質問でも、「待ってました」とばかりに、反創価学会勢力の輩が雲集して回答を寄せ、こぞって学会を中傷してふんぞり返っています。 こういう「悪鬼入其身」の連中は、拝んで尊敬すれば間違いなく「無間地獄」行きですので、尊敬ではなく「軽蔑」することが、堕地獄を防ぐ唯一の道です(笑)。