防衛機能としての自我の強さは、人によって違うのだとは思いますが、これが強い人というのは、

防衛機能としての自我の強さは、人によって違うのだとは思いますが、これが強い人というのは、 どのような原因があって強くなるのだと考えられますか。

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2020/10/27 13:52

バランスの問題だと思います。自我というのは周りによって育てられる部分も大きい。生育過程での環境です。幼い頃から自我の強い子供は実際優秀であることが多く、そのため大人からチヤホヤされて自己を強化しています。つまり周りの力も借りているのですが、理想像が自己像のようになってしまっているのですね。 狭い世界から広い世に出ると、理想像と現実の自己像のギャップに気付かされます。通用しない壁にぶち当たり、プライドを砕かれ、凹まされて傷つきます。 誰しも通る道であり程度問題ですが、あまりにも未熟な自我が肥大しすぎて心のスペースを占めていると、受け入れのキャパを作れず、現実との折り合いがつけられません。 傾向として、柔軟(いわゆる大人)になることを拒絶し、従来の自己を守ろうと頑なになるばかりか、いっそうの自己強化に走ります。足りていない部分を自己愛で補い、あり余る自我の強さを防衛力に回すのだと思います。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

参考になりました。 ありがとうございます。

お礼日時:10/30 11:39

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私は、結局は“強くなる側”の本来の性質なのではないかと思います。 確かに、そういった強い人というのは何かしら大きなイベントや人生の機転となるような事があったりするものかもしれません。 しかし、人に歴史ありとは言いますが、 平凡に見えるあの人もそこの人も、また、自我の弱い誰それも、「強い人」と同じような経験、もしくはそれ以上の何かしら大きな経験はしてると思うんです。 ただ、結局その経験から何を得、何を感じるか。その経験をどう発展させるのかは、その人本来の性質、ひいてはその人の“強さ”なのではないでしょうか。 結局何が言いたいのかと言うと、防衛機能としての自我の強さというのは何か原因やきっかけがあるのではなく、もしくはあったとしても、結局はその人本来の性質である。 と、そう思います。