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2020/10/26 5:16

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商人ってどのように生まれたのですか?

日本史28閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">100

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

貨幣が始まったのと一緒に考えると分かりやすいと思いました。皆さんありがとうございました。

お礼日時:10/27 5:55

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農民が生まれる前から商人はいます。 縄文時代には既に商人はいました。なぜそんなことがわかるかというと、特定の地域でしか採れない石器に適した石や接着剤のアスファルトが遠隔地の遺跡で見つかったりしています。「商品」を遠くまで運んでいたということです。 さらに、「武士は農民が自分の土地を守り、奪っていくために生まれた」というのは、武士の発生学説では「在地領主論」と呼ばれる学史上の古典学説で、半世紀以上昔に否定されています。今時、学校の教科書ぐらいにしか書いてありませんので、他人前でそんなこと口にすると、「この時代遅れの化石はタイムスリップしてきたのか?」と笑われますから気をつけてください。 草創期の武士は支配階層の下級貴族であり、被支配階層の農民ではありません。

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もともとは農民しかいませんでした。皆で田畑を耕していましたね。しかし収穫の時期をお知らせする人、収穫したものを分配し管理する人などが現れます。 次第に村のリーダーが現れたり、外敵の攻撃に対して防衛するために、戦士の役目をする者、農具を作る者が分業し始めて共同体をつくったことは、教科書にある通りです。弥生時代の環濠集落とかそういうあたりですね。 農業するからには農民です。ある意味で最初は全員農民と言えますね。そして農民(農家)は現代でもいます。食糧を人間が食べていかねばならない限り無くならない職業です。 では商人どもはどこから現れたのか。村を襲ったり守るための戦士、農業する農民、指導する政治家(朝廷や幕府)、道具を作る職人(工)は最初期の村から存在していましたが、商人はいませんね。 当初、商人は専業していませんでした。ただ交換するだけですから、ぶっちゃければ誰でもできますからね。何も生産せず何もしなくてもできます。モノを預かって歩いて行って他の村にあって自分の村にない必要なものを交換してくることが行われていました。 もちろん、交換するにしてもその交換するモノの価値や内容を知らねばなりませんが、農業したり村を運営したり、モノを作るよりは覚えることはありません。 しかし時代が進むと複雑になります。商人は日本も、世界でもそうですが最初は物流業者、つまり運送業から始まりました。 年貢や貿易でモノを集めても、その集めたモノを他で使うならモノを輸送する人たちが必要ですね。自動運転なんてないですから。今ですらアマゾンやらスーパーで何か買うにしても、そのモノは誰かが届けてくれるからやってられますね。 モノを運ぶ職業が商人になったのです。大規模なものでは、中国との貿易も入ります。外国の商品の知識をもつ人が、大宰府(九州)や兵庫、京都などにいて、取り仕切っていました。今でいう貿易商社ですね。 一方で地方でもそういう流れがありました。村が発展してくると人口が増えて、他の村を作っていかねばなりません。ところが既に農業に適した土地は昔から使われているので、農業不利な土地に行かざるを得ない場合があります。 すると木材や竹などを製品に加工して、それを他の村と農作物を交換する村が現れます。(竹村さんとかは、そういう村の流れだったりします) 貝殻等ではなく、貴金属貨幣の概念が生まれると、モノを多種多様なところで交渉もそこそこに交換できるようになって、モノの動きが活発になります。するとモノを移動する人が生まれ、それを専業する人が現れます。貨幣(お金。通貨)が導入されると、いよいよモノ対モノの一対一ではなく、モノを集めてお金で交換する市場が現れます。 市場は、モノが多数行き来する京都や大阪、九州に限られており、他の多くの地域ではあまり広まっていませんでした。多くの村では、お金を使うとしても別に食べ物と交換できれば問題ないですから、多数のモノがお店に並ぶ今のようなことは、起きなかったのです。 市場を管理するにも人が要ります。モノを運ぶ人が運んでくれたものを並べてお客さんに売る人たちです。海外でもそうで、このようなモノの動きを取り仕切る人々が商人となっていきました。 戦国時代ごろになると、戦時経済となり、武器などの軍需物資が必要となり、鍛冶が発達して工業も物流も活発になりました。そして戦争は経済と国を育てるので、やはり戦争のために経済力を高めたい各領主らによって、商人を増やしたり商人を保護して、多数のモノが効率的に自分の領地にやってくるようにし、またお金を動かして税金もたくさん取れるようにしました。 こうして、商人という職業が明記され、重要視されていったのです。戦争をするにもお金がないとやっていけない時代になって、商人はとても重要な存在となったのです。 海外でも同じように、お金と戦争が結びつき、強くなっていくと、お金を管理したりお金を増やす役目の人、つまり貿易・海賊や金融商人(高利貸しや銀行)やお金を守る役目の保険屋などが登場していきます。日本では保険の概念は薄かったですが、金融業者はとても発達して、都市部では「地獄の沙汰もカネ次第」となりました。

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自分の生産したものを別のものととりかえる、という発想は起源がはやいもので、極端に言えば縄文・弥生のころの交易活動までさかのぼれます。 品物を移動させると価値が変わることに誰かが気付き、いつしか生産者と消費者のあいだに介在することが生業として成り立つようになれば、それが商人と言えます。 古代には奈良の都とかで国が建てた市場でも、物を売っていたりします。 鎌倉時代などには、国やお役所の関わりないところで市場がたつようになり、そこにも商人が集まりだします。 そのための利便性をそなえた土地が、やがて都市となっていきます。

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>士農工商を習ってまた農民が出てきていて、これも疑問です。 教科書に書かれたときに出てきたわけではありませんよ。教科書に書かれるのは何らかの「活躍」が見られた時です。農民は数千年前から今もずっといますよ。でなければ誰が食料を作るんですか? 君たちだって、特に親や先生が禁止しなければ、ゲームやマンガの売り買いをするでしょ。昔は食料の売買が中心なんだけども、商人も発生しますよ。