腕があれば誰でも実力次第です。百姓出身でも入門大歓迎。
親子関係が強調されるのはお上のほうがそういうタテマエであったことを真似ただけです。
実際は、実子相続はなくはないが名声まで相続することに成功した例は稀でしょう。
大方は実子がモノにならず、優秀な弟子が養子に入るか婿入りするかで家を継承してゆきます。
実子のほうは適当な伝に養子に出してしまいます。
養子が、現代の想像を超えて広く認められています。
「家という箱」の維持が大切であり、血の継承は二の次なのです。
だから職人は親方という言葉になるのです。実の嫌ではなく親という立場、身分が強調されます。
実力ある弟子が親方の看板を継ぐことで、客も喜びます。
実子でもボンクラに用はないのです。
実力が要求される「家系」ほど、血の継承をたどってゆくとすぐに途切れます。
そもそも江戸幕府の将軍ほどに子沢山でも数代で実子継承に失敗しているではないですか。
腕を問わないのに、側室大勢でもこの結果です。
腕を問う継承では、実子相続はむしろ例外的に少ないと見るべきです。
宮大工ですが、技能の分化が充分でない時代は彫刻の腕前も求められますし、銅板飾り金物の職人とも付き合います。
普通の大工では歯が立たない難しい仕事であることは間違いなく、その現場には腕を磨こうと若者が大勢集ってきます。
親方は腕を認めた弟子には免状を出します。親分の重要な仕事です。
免状を手に次の職場へと渡り歩き、ついに名跡を譲ってやろうという親方に出会えば養子か入り婿に入るわけです。
誰でも出来たことではありません。