戦後の沖縄について

日本史 | 歴史36閲覧

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

みなさん、ありがとうございました。

お礼日時:1/20 19:46

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日本は敗戦後の1947年から憲法92条に住民自治の原則がうたわれ、地方選挙は市区町村レベルで行われてるのに広大な権限を持った自治区って何を言ってるのか謎 沖縄が本土復帰したのは1972年。その頃既に沖縄以外の県民は自治権を持っていたが米軍施政下の沖縄県民は治外法権で不満が溜まりコザ騒動などを起こしていたのだ。 大日本帝国の扱いへの不満というのもおかしな話で琉球王朝があったのは1879年。大戦終了時既に66年も経っていて明治➡大正➡昭和と日本の中の沖縄しか知らない世代がほとんどだ

広範な権限とは、例えば当時であれば琉球語を公用語とすること。または、土地利用に関して国の命令を受けないことなどです。確かに日本の中の沖縄しかしらない人ばかりでしょうけれど、同じ国の国民であれば、その国に不満を持たないと考える方が不自然です。ウイグル人が私は中国人だ、中国に不満はないなどと考えているかというと、必ずしもそうとはいえない、むしろ考えていない人が多いというふうに思われるでしょう。

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返還前に生まれた世代では意識も違うってのは、論拠は何かおありでしょうか。 (そりゃあ、なんだって断面だけ捉まえれば、同じものがAでもありBとも解釈できますけどね) だって一般に認識されている歴史は、沖縄では日本への「本土復帰運動」が盛んであった、アメリカ統治では日の丸の掲揚は限定的で、市民が自由に掲げることはできなかってていいうのが実相なのだから(むろん前述したように、文脈によって表現はがらりと変わることもありますけど、それは前提を提示が必要です)、不満を抱いていた沖縄もあれば、熱望していた沖縄もあったっていう、社会や歴史では当たり前の「二元論では語れない」という回答になっちゃいますけどね 計画はありましたよ。 アメリカにとって沖縄は血で勝ち取った権益ですから、北方領土と同じで、返すことはあり得ません。 国益云々の損得で決まる話ではなく、これが近代国民国家の価値観なんです。 (だから沖縄が返還された経緯とバックグラウンドは複雑で、返ってこない可能性の方も高く、偶然の要素が多きい) 一方、民族自決が普遍的価値観となって久しい20世紀の後半なんですから、アメリカが軍政下に起き続けることはできませんよね? そうなると、準州のような形での統治へ以降するか(これも第二次世界大戦で連合国が掲げたモラルからはちょい厳しい)、潜在的版図として独立させるかで、アメリカはとっくに統治下の沖縄を民族的に別個とする歴史観を醸成していましたから(こんなのは日本だって東南アジアに対してやったことです)、琉球として独立させるプランも選択肢でした。 まあ、日本が4つの密約を呑み、一方、東アジア情勢の激変、アメリカ社会の構造的なスタッグ等々あって、沖縄は日本へ帰属させるという選択に至ったってだけであって、琉球国になっていたとしても、それは歴史のIFにもならないくらいの選択の一つでした。

論拠については沖縄独立のアンケートを見てください。昔は賛成が今より多いですし、現在でも高齢者ほど賛成が多く、若者ほど反対が多い傾向にあります。

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2021/1/16 23:19

質問者さんの事実誤認がはなはだしい。 昭和天皇は沖縄訪問はできませんでした。 昭和の間に現上皇ご夫妻が訪問した際は デモが起き、ひめゆりの塔で火炎瓶が 二人に投げつけられた。 返還前に生まれた人と話したことはないですが、 返還後、今、40歳くらいの男性は 沖縄地上戦も返還も歴史の授業で習う事 と言ってました(那覇出身) 沖縄を自治区にする話は聞いたこともありません。 独立して、どうやって生きていくのか? 年金受給の際に復帰前は年金に加入してないので 沖縄へは特例措置がある。 島だけでどうやって食べていけるか?? とても無理。 アメリカが沖縄が欲しかったのは軍事的な拠点として。 朝鮮動乱、ベトナム戦争。 アメリカから遠い戦場、ただ日本ではない場所に 軍の基地がある。 寄港し、休み、水を積める。 そういう利益があった。

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昭和ではなく、平成でした。訂正します。 私が述べた自治区というのは独立とはちがいます。例えばケベックのように本土とは言語が異なる地域として認めれば琉球語として残り続けます。また土地利用に自決権を認めれば米軍基地もなくせます。そういう話です。