戦前の日本軍が統帥権干犯問題として、「統帥権は政府から独立して天皇にある」と主張したのは、

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お礼日時:1/21 16:03

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天皇は言うことを聞くだけだった、なんて偽書同然のウソ歴史ですけどね。 だって、唯々諾々なら、「なんで軍は天皇の意思に逆らって暴走」なんかする必要があるんですか?ってお考えにはならないのでしょうか。 熱河事件が典型ですが、承諾するだけの人形ならば、なんで天皇に隠す必要があるんだって話ですけどねえ。 また、昭和天皇は若く意気軒昂だったので介入することで知られ、御前会議を復活させて天皇の意思を示そうとしましたが、それを軍や政府は嫌って、事前に摺り合わせして上程するなんて工作を、なんでやる必要があるんですかね? 判子ついて勅裁を下してくれる人形なら、不要ですよね。 そもそも、軍の高官人事と、内閣の主要閣僚は天皇の内諾を得なければ進まなかったわけですし、軍令ラインにしたって、参謀総長や軍令部長が内奏した際に、同意の意思を示さなければベトーを意味しました。 むろん内大臣を通じて内意を示すこともあり、戦前、まして天皇を霊的存在と祭り上げて天皇が呆れたほど皇国史観が蔓延した昭和期において、天皇の意思に真っ正面から逆らえる臣下なんているわけないじゃないですか 天皇壮健な昭和天皇は軍、政府にとって厄介だった。これが定説です。 戦後、天皇は無力で軍に良いように操られていた(一貫して平和主義者だった)っていう虚像のほうが、GHQにも日本の権力者層にも、軍国主義に戦争責任を認める左翼にも、そして戦争の責任を直視したがらない日本人全般にとっても都合が良かったから、こんな幻想を抱いているってだけです。 戦前のおいて天皇は、陸軍、海軍、政府それぞれの権能として振る舞っていたことは有名で、陸軍や海軍の利益を代表もしていました。 だから日蘭会商が霧散すると、政府の立場として平和追求でやることやったからって論理で、戦争容認したんじゃないですか。 つまり天皇はしごくまっとうな君主でしたよ。

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そうです。 日本の歴史です。 GHQも認めた。 昔から実態は象徴、諸外国では国旗の役割。

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「天皇は統帥も政治も権利は形だけで大本営や政府が決めた事を追認するだけ」? それはまったく違いますね。1930年のロンドン海軍軍縮会議で日本が米英より海軍量が低く抑えられると海軍は猛反発して軍の兵力量決定は統帥権の問題であり政府の決めることではない統帥権の干犯だと東郷平八郎まで担ぎ出して天皇に条約を批准しないように帷幄上奏したのです。結局天皇は聞き入れず政府は批准したのです。天皇がただ追認するだけなら海軍がわざわざ天皇に帷幄上奏する必要などないのです。これ以外にも張作霖爆殺の説明についてあいまいな説明した田中義一首相に天皇はキレて「おまえは辞めろ」と言い放ち、形式的には田中が自ら辞任している形ですが実質は天皇がクビにしたのです。これくらい天皇の権威は帝国憲法上の規定のように強大で天皇は国家の重大な意思決定にはいつも深く関与しているのです。よく天皇は何の権限もないと無知言うのがいますが歴史も法制度も何もわかっていないのです。

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昭和天皇が腰抜けだったので、統帥権をふるえなかったのですよ。 一番の問題は、226事件で天皇自ら出陣して、首謀者たちを手打ちにしなかったことです。 天皇に逆らうと、こうなるということを軍部に示さなかったことです。

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大本営は、太平洋戦争中だけの組織です。統帥権の独立を主張したのは陸軍だけですから、陸軍参謀本部でしょう。 法律的には、軍隊の指揮権は行政府にあると考えるのが普通ですが、大日本国憲法には、それに該当する条文がなく、天皇が名目上の最高司令官であったので、内閣が参謀本部の暴走を抑制できなくなったのです。 でも99条の「内閣は天皇を輔弼してその責を負う」を適用解釈すれば良いのですが。 本質的には、大日本帝国は、倒幕軍が作った国家ですから、元勲と言われた重鎮が居なくなって、陸軍の統制が取れなくなったということだと思います。そもそも参謀本部でさえ、中国派遣軍を統制できていなかったのですから。

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