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2021/1/18 18:16

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先の大戦について。なぜ大日本帝国は負けてしまったのでしょうか?

歴史 | ミリタリー50閲覧

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最後の一押しは、、 日ソ不可侵条約を締結していたソ連を間に立てた講和を狙ったが、アメリカは既にソ連に対日参戦を要請していて、ソ連が不可侵条約の有効期間内に満州に侵攻。 ソ連がそのまま朝鮮半島に侵攻したのが南北分断の元。 過去、日清露で朝鮮半島の主導権争いをしていてましたが、日清戦争で日本が勝ち、李氏朝鮮の独立を清に認めさせる。 独立して出来た大韓帝国を狙ってロシアが南下。 それで起こったのが日露戦争。 ロシア(ソ連)しつこいw

ThanksImg質問者からのお礼コメント

ご回答ありがとうございました。詳しいご説明に感謝いたします。終戦直前は凄まじい劣勢だったのですね。

お礼日時:1/27 9:38

その他の回答(7件)

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国力の差を考えずに戦闘を行ったこと。 戦闘・戦争は最終手段だってことを 昭和初期当時は考えていなかった。 明治時代は考えていたから 日清戦争や日露戦争は、早期に終結している。

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残念ながら、ああいう非常事態の戦争をする、出来る国民性、そして政府じゃなかったからです。 現在のコロナでの非常事態に対する状況をよく見れば分かります。 平時では日本の国民性とその政府はうまく機能します。日清、日露戦争は言わば平時みたいなもんでした。 でも日米戦争は本当の非常時でしたので対応が出来ませんでした。 日本の国民性は戦国時代、江戸時代から連綿と培われていました。

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補給の軽視でしょうね!海軍は戦艦には護衛を付けたが輸送船には護衛を付けなかった。米海軍機動部隊が来襲する事が事前に判明すると戦艦を含む戦闘艦艇は退避させたが輸送船や工作艦はそのまま置き去りにしています。

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4年間の戦争期間で、 「年間あたりで1隻の戦艦建造」 「1年間で50隻の週間護衛空母」 「300隻を超える駆逐艦」 「数万機の戦闘機」 「数万両の戦車」 「1000機に及ぶ戦略爆撃機」 の製造をおこなえるアメリカと戦争をしたからです。 こんなもん、キルレシオが2:1程度では勝ち目がありません。

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戦争をするのに必要なもの(人員、食糧、資源(原料(材料)、燃料)、工業力、生産力など)が、最大の敵国であるアメリカに比べて乏しいから(他にアメリカと違い国土が狭い)。 技術力については日本は低いとは思わないが、モノを作るために必要な資源などが豊富でないと意味が無い(作れないから)。

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