大西洋横断飛行を成功させたリンドバークを調べていたら、wikiに下記の様な記載がありました。

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日本人は意外と「太平洋戦争」ひいては「第二次大戦」を知らないんですよ。 かくいう私も、ある程度知ったのは、大人になってから「海外本」とか読むようになってからでしたけれどね。 ともかく、「第二次大戦」はナチスの強制収容所など「ホロコースト」の事実が発見されると、それに対する人道としての戦い、みたいなすり替えが行われるようになるんですが、それはあくまで「後付け」で、当時は完全に「ジャップを殺せ!」だったんです。 この事実はともかくビックリしますよ、でも、当時の記録とかを読んでくると露骨に出てきます、例えばドイツ人には、「どうして奴らを殺さなきゃあならないのかわからないけれど、ジャップの仲間とあれば仕方がない」なんて出てきます。 この辺をまあ、どう理解していくかですが、露骨に説明するなら、「アメリカ人」は建国以来、「モンゴロイド」から平然と搾取することで国を作っていったんです。 「インディアン」は黒人のように奴隷にしていただくことさえ許されなかったし、「中国人労働者(クーリー)」も劣悪な環境で使い尽くされてきました、「大陸横断鉄道は苦力を枕木にして建設された」と言われるくらいです。 その「イエロー」がなんと、生意気にも、たった一瞬で「第一次大戦での海軍損害を上回る被害」をアメリカに負わせたんです。 アメリカの大衆は何とか言っても、あまり賢くないから、「日米交渉」も「ハルノート」もわかりません、だから、「真珠湾は卑怯な騙し討ちだ、でなければ”イエロー”がそんなことできる筈もない」と言われれば、何のためらいもなく信じてしまう訳です。 「リンドバーグ」もそれほど賢い訳では無かったんですが、ある意味誠実な人間だったんです。 当時の「アメリカ合衆国」は、「孤立主義」と言いながら、「南米」や「太平洋」に”植民地”を広げながら拡大していたんですが、ともかく「大恐慌」から復帰できない、そういう中で「現状維持」か「拡大」かで国論が二分していたんです。 ただ、「拡大」を標榜した大統領のルーズベルトでさえ、「ヨーロッパでの戦争」には「参戦しない」と公言していたし、ましてや多くの「対抗者」たちは「戦争反対」を唱えていたんです。 中で「リンドバーク」は、そういう人間の核として「大統領選に」という声もあったんです。 そこに『たまたま』、日本が「真珠湾奇襲」をもって、いきなり『卑怯な騙し討ち』を持って開戦してきた訳ですよ! 国論はいきなり「卑怯なジャップを倒せ!」となり、「リンドバーク」は「大統領候補」から一気に「枢軸国シンパの裏切り者」になる訳です。 気の毒なことに、誠実な彼は「戦争を支持する」んですが「蛮行」までは許容できない、そうした中で次第に疎外されて行く訳です。 考えてみれば、静かな大人しい青年が、自分の好きな仕事で「快挙」をとげてしまったばっかりに「超有名人」となったものの、世間に振り回され、息子も殺され、気の毒な一生でもあった訳です。 それはともかく、ここで「歴史」は大きく書き換えられる訳です。 今では、作られた「歴史」の網をかいくぐって、「当時」をのぞき見る数少ない「のぞき穴」の一つが「リンドバーグ」なんです。

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リンドバーグが太平洋戦争について書いた事はほとんどウソですね。リンドバーグはナチス大好きでゲーリング空軍元帥から勲章までもらった。アメリカでは異端者扱いにされ、それが悔しくてウソを交えてアメリカの悪口を書きまくりました。それで益々嫌われ、晩年は社会から隔絶されてハワイで淋しく死んだ。飼っていたサルと一緒にマウイ島に埋められています。 例えば、リンドバーグは「ある戦場で二千人の日本兵が捕虜になったが米軍がみんな殺してしまった」、と。大ウソですね。二千人もの日本兵が捕虜になった戦場などありません。 また、日本軍が撤退していったあとの野戦病院では患者はみんな死んでいた、米軍が殺してしまったに違いない、と。とんでもない、日本軍が殺していったのです。撤退する時、重傷者は自決させられた。自決も出来ないほどの重症のものは味方が殺していった。「必ずあとから追いつくから殺さないで下さい」と泣いて頼む重傷兵を、こちらも泣きながら殺して撤退していったと言う話は戦記ものによく出てきます。 リンドバーグが太平洋戦争でアドバイザーとして従軍したのは航空隊です。ジャングルの地上戦を知るはずがありません。

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リンドバーグの件は存じ上げませんが、 当時の日本人への差別や憎悪意識(当然、米兵も日本軍に戦友を殺されていますので)があるでしょう。捕虜への残虐行為があってもおかしくはありません。 日本軍による米軍捕虜の肉食事件は「小笠原事件」が有名です。 父島にいた小笠原兵団の少将や佐官が、米軍爆撃機の搭乗員らの捕虜を処刑し、その生肝や人肉を食したとされる事件で、戦後、裁判で戦犯たちが裁かれました。幹部らが景気づけのために処刑した捕虜から摘出(軍医にやらせた)した生肝を宴会で試し食いしたり、飢餓状態にあった末端の兵士が米兵の死体を食おうとしたようです。「小笠原事件」「立花少将」などと検索すれば、色々と記事がでてきます。