ID非公開
ID非公開さん
2021/1/19 16:21
2回答
お願いします。
お願いします。 茂木健一郎さんの「脳と仮想」の 『今日の私たちも、受験の前に神社に祈願したり、宝くじを買う時に験を担いだりはする。しかし、そのような行為をする気持ちには、どこか中途半端なところがある』 という文の「中途半端」とは、何のことを言っているのでしょうか?
本文では[ 昔(科学の誕生前) と 今現在 ]を比較していて、 [昔] ・仮想の価値はおそらく高かった ・何かを思うこと自体に、現実を変える力があると思っていた ・日照りが続く時に雨乞いをすること . ある人を憎み、のろいの儀式をすること→仮想の力を信じてのことだった という文があってから、 『中途半端なところがある』 『何かを思うこと自体が現実を変えることを本気で信じていた人の世界観を、私たちはもはや想像するしかない』 と続いているので、 昔は完璧 (表現間違えてたらすみません) だったが、今は中途半端。ということだと思うのです。 なんというか、言語化が難しいのですが、神頼みなどの行為自体は今も昔も変わらないのに、気持ちは全く違って、現在は何かが中途半端である、ということかなと… その「何か」を知りたいです。 作者じゃないと分からないのでしょうか…
ベストアンサー
こんにちは、 そのご利益、効力について「信じる/頼りにしたい」気持ちと「疑ってかかる/当てにしない」気持ちが半々くらいである、そのことを中途半端と述べているのではないでしょうか・・・
ID非公開
ID非公開さん
質問者
2021/1/20 17:35
回答ありがとうございます。 信じてない訳じゃないけど 信じてる訳でもない そんな感じでしょうか…?
質問者からのお礼コメント
補足のことも含め、 分かりやすいご説明ありがとうございました。 納得できました!
お礼日時:1/25 17:08