江戸時代に浪人になった人は身分はどうだったのですか?

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こういう時はWIKIが頼りになる。浪人とは浮浪者のことで、様々な理由で主君を失った牢人とは違います。しかし江戸後期には、両者は混同されてきた。 『江戸時代の牢人は士籍(武士としての身分)は失っていたが、苗字帯刀は許されており、武士としては認知されていた。その日常生活は町人と同じく町奉行の支配下に置かれていた。牢人の多くは貧困で借家住まい・その日暮らしの生活を余儀なくされており、細かい手作業で身を立てたり、自暴自棄になって強盗などの犯罪に走った者もいた。 しかし中には、武士の身分を捨てて商人として出世した者もいた。新井白石は牢人時代に婿入りによってその機会がありながらも、固辞したという逸話がある。近松門左衛門のように文芸の世界で成功した者や、町道場を開き武芸の指南で身を立てる者、寺子屋の師匠となり庶民の教育に貢献する者たちもいた。有名な牢人に宮本武蔵がおり、時代小説では仕官の道が叶わなかった不遇の武芸者のように語られており、それは間違いとはいえないが、実態としては多数の弟子を抱えた道場主であり、後世に書画を遺すほどの生活の余裕があった。』 江戸時代、農村では貧しい農民も小作料を納めなければならなかったが、町場では個人に対する税金がなかった。だから犯罪者でない限り町奉行が牢人を取り締まる理由もなかった。幕府の政治的方針での取り締まりは別です。