19世紀ではヨーロッパ列強が中国(清)に進出しましたが、なぜそこまで中国に進出したがったのですか??

世界史 | 国際情勢21閲覧

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そうですね この辺はオスマン帝国なんかでもそうでしたが 列強はパワーバランスを重んじました なのである列強が戦果を挙げると、うちの国も、と他の列強もタカりにくる構図があるわけです そうしないと特定の列強だけが強くなってしまいますから 例えばベルリン会議で言えば ロシアがオスマン帝国に勝利して領土や権益を分捕ろうとしたら、、、、 イギリスやフランスもなぜか首を突っ込んできて、イギリスはエジプトやキプロスを、フランスはチュニジアを、オーストリアはサラエボを分捕りました

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古代からシルクロードで貿易していた。 巨万の富が眠る大陸なのは判明していたけど、黄河文明は火薬の発明。 これが、絶大な軍事力なのでシルクロードから攻め込む事が出来なかった。 海沿いから攻め込むにはインド帝国が邪魔だし、内陸から攻め込むにはロシア帝国が邪魔だし。 大航海時代になるまで地球が丸いのは否定されていた。 大清帝国の保有する巨万の富を略奪する為に、アヘン戦争。

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①中国には茶や陶磁器や絹織物など、世界が欲しがる商品がたくさんあったこと。 ②世界最多の人口を誇る市場が存在し、本国で大量生産した商品を売りつければ大儲けできること。 ③鉱山などの利権を得ることで、資源を収奪できること。 ……などでしょうね。

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それまでやたら強くてとてもじゃないが勝てないと列強が思っていたら、アヘン戦争の結果、清朝は見掛け倒しの国だと認識し、我も我もと覇権を及ぼすようになった。 具体的な権益の内容や目的は他のアジア諸国に対するのと大同小異だろう。

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