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2021/2/2 20:58

33回答

西城秀樹さんのことを亡くなってから知りました(御免なさい)。

補足

Wikipediaなどを読んでも御茶御茶し過ぎて、よく分からないので、出来れば簡潔なおかつ詳しく教えて下さい。

邦楽 | あの人は今593閲覧

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ベストアンサー

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西城秀樹さんは、男らしく整った顔だちとそれでいてセクシーな目鼻だち、さらに長身で脚の長いスラリとスリムなスタイルによる、ダイナミックなアクションと、ハスキーでエモーショナルな歌声による、全身全霊をささげた様な絶唱での、奇跡のビブラートを効かせた圧倒的な歌唱力、そしてそこから生ずる唯一無二のスケールの壮大な音楽の世界観と、まさに規格外にカッコいい方でした。そして常に前向きな姿勢とチャレンジ精神、誠実で人懐っこく愛らしい性格、抜群の運動神経も備えていました。 他の歌手のファンの方から、西城秀樹さんには熱狂的なファンが多く少しウザいと言われてきましたが、それだけ奥深く神秘的で、知れば知るほど際限なく湧き出てくる様な魅力を備えているからです。それは、ファンになってみれば、直ぐに分かることですし、ファンにならなければ、永遠に分からないことだと思います。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

箇条書きにして下さったので、分かりやすく拝見しました。 ヒット曲の多さに驚いていますが、平成の時代は海外で活動をされていて、そんなに国内では仕事されていなかったのですね。 ユーチューブで曲を探します。ありがとうございました。

お礼日時:2/5 10:58

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西城秀樹さんは、激しいアクションとエモーショナルな歌唱により、1970年代の様々な音楽シーンにスケールの壮大さと魂・活力を与えて、エキサイティングかつドラマティックに歌謡界を変貌、まさに時代を変え、人々に勇気と感動を与え続けた、ヒーロー性、カリスマ性を兼ね備えた永遠のスーパースターです。 ①【歌謡界にアクション旋風】 デビュー当時は、マイクを持って直立不動で歌うのが正しいとされていましたが、この概念を打ち破り、激しいアクション付きで歌うスタイルを、1970年代に最も広めた第一人者です。 ②【絶唱型と言われる歌唱法】 男らしくてセクシーで魅力的な歌声を活かし、感情を込めて全身全霊で歌い上げて、圧倒的な歌唱力を発揮し、ドラマティックな歌の世界を展開しました。 ③【国内での洋楽の普及】 海外のロック、ポップスなどの洋楽を、コンサートやカバーアルバムなどで先進的に取り上げ、結果的に日本国内での普及に貢献しました。 1990年代になると若きミュージシャンが挙って西城さんのコンサートを観賞に訪れ「ロック・アーティストの憧れのスターNo.1」と言われるようになりました。河村隆一(LUNA SEA)、西川貴教(T.M.Revolution)、つんく♂(シャ乱Q)、TAIJI(X JAPAN)、Gackt、ダイアモンド☆ユカイ等も、若い頃に西城秀樹さんに憧れを頂いてメジャー・デビューを果たしました。 <<西城秀樹に最も影響を受けたアーティスト>> https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12174875132 ④【ソロ歌手として初めて日本武道館やスタジアムでコンサートを開催】 1974年8月3日にソロ歌手として日本で初めて、スタジアムでのワンマン・コンサートを大阪球場で開催し、1975年11月3日に日本人のソロ歌手として初めて日本武道館でコンサートを開催しました。 ⑤【画期的なステージ・パフォーマンスの導入】 軽量スタンドマイクを使ったアクションやドライ・アイスによる白煙噴出などのステージ・パフォーマンス、さらに野外コンサートにおける、クレーンで吊り下げられたゴンドラの中での歌唱や、日本で初めてとなるレーザー光線での演出、世界初となるペンライトの客席での使用などが有名です。 ⑥【観客参加型の先駆的ムーブメント】 「青春に賭けよう」が原点となった、「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」「ホップ、ステップ、ジャンプ」「俺たちの時代」と観客参加型の応援歌と言われる楽曲が立て続けにヒットして、観客も一緒になって歌い踊るスタイルを広めました。 ⑦【日本人歌手のアジア進出のパイオニア】 日本人歌手のアジア市場への関心度が全くなかった1980年代、香港でのコンサートを皮切りにアジア各地でコンサートを行い、絶大な人気を博し、以前から西城さんのファンだったジャッキー・チェンと共に「東洋の2大スーパースター」と言われました。 こちらの知恵袋Q&Aにあるように、個人的には国民栄誉賞をあげてもいいくらいの、後世にしっかと伝えなければいけない方だと考えます。 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13191222433 こちらの知恵袋Q&Aにあるように、西城秀樹には批判的なメディアが多く存在します。 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10233260200 それまでは脳梗塞でご闘病中のお姿が、稀にワイドショーで取り上げられる程度でしたが、お亡くなりなられた事により、御生前の歌唱シーンがメディアで一斉に紹介されました。お亡くなりになられてからの事ですので、故人にとっては大変お気の毒に思えて仕方がありませんが、国民の反応がすぐに伝達されるネット社会の今、特に若い方々にTwitterなどで、その容姿とアクションのカッコ良さや、人を引きつける歌唱力が絶賛されているのを知るにつけ、デビュー当時(1970年代)、これらの批判的なメディアにより、その魅力や歌唱力の程度をラップに包んで報道されていたことを再確認し、あらためて胸のすく思いです。

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補足です。 西城秀樹さんの1980年代以降のアジア進出は、日本人歌手の先駆けであり、報道するに十分に値する功績だと考えます。しかし、郷ひろみさんと野口五郎さんを応援する日本テレビ系・フジテレビ系・テレビ朝日系・テレビ東京系などは全く無視し、東京新聞とTBS系の情報番組のみで報道となりました。 郷ひろみさんを応援するメディアが、1990年代に「言えないよ」「逢いたくてしかたない」「GOLDFINGER'99」の3曲をヒットさせた郷ひろみさんと大きく色分けしたいが為に、西城秀樹さんに関しては、1990年代はアニメの主題歌「走れ正直者」のスマッシュヒット以外に目立った活躍はしていないという様な印象操作をしているからではないでしょうか。 そして若い世代の人には、「YOUNG MAN」以外の曲は取り上げずに、一発屋のように思わせている気がします。

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まあザックリと平成は、ちびまる子ちゃんのオープニングテーマ「走れ!正直者」を歌った事と結婚した事だけですね、世間一般の情報量だとこれくらいですよ、そして脳梗塞で倒れて痛々しくなっていきます。

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