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2021/2/20 11:25

66回答

大河ドラマ「真田丸」を観ていて、真田信繁の呼ばれ方がいくつもあるのが気になります。

日本史 | ドラマ67閲覧

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

とても分かりやすかったです!勉強になりました。 他の皆さんもご回答ありがとうございました!

お礼日時:2/26 0:55

その他の回答(5件)

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文書なんかは信繁だけど、先祖から主人である武田信玄の弟が武田信繁で家中では禁句だから幸村、である。世間もそうだった。 武士は名ばかりでも、なんとかの守とか役職があって代々名乗っている。その一つが左衛門佐。 源次郎というのは実家での呼び名です。ここの長男は代々源三郎です。変ですがそれにあやかるものです。

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ややこしやややこしやですね。 昔の武将の名前(現在に武将はいないですがなという突っ込みはさておいて) は氏・姓・通称・名前で構成されます。通称の代わりに官位が入る場合もありますね。 それを真田信繁であてはめると氏は源、姓は真田、通称源次郎、名前が信繁となります。氏姓については省略しますが、そうすると下の名前が源次郎信繁。元服するときに幼名から源次郎信繁と改名します。その際文書などでは信繁と名乗ったりしますが、普段呼ばれることはありません。その際どのように呼ばれるかというと通称の源次郎が呼び名となります。さて左衛門佐については従五位下左衛門佐に叙任されることで官位名として左衛門佐とも呼ばれるようになります。 そうなると身内は源次郎、豊臣関係者からは左衛門佐とよばれるようになります。 役職と名前があればそれも名乗りになりますので、真田左衛門佐信繁が戦場での名乗りになります。 ちなみに幸村というのは後年になってから軍記物語などで使用されるようになったらしいです。なので、生前幸村と名乗っていない可能性もありますね。

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真田丸では、公的な場所と私的な場所、または人間関係の親疎によって、呼び名を変えていました。 公的な場所では官職名、私的な場所では通称で呼ぶことで、場面や人間関係を表現しているのです。

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幼名が弁丸、長じて仮名で源次郎(源二郎)、元服して実名の信繁、文禄3(1594)年に従5位下左衛門佐に叙任。身内は仮名の源二郎と呼びます。他人は官途名の左衛門佐を通称として使うのが礼儀です。主人筋でもそうです。朝廷から貰っているので尊重します。実名は本名とも諱(いみな)ともいい、「いみな」は「忌み名」で、明かすのを憚りますからまず使いません。身内でも大大名とか将軍家など公的に重要な地位になると、叙任された官途名に「殿」をつけて呼びます。 最近見つかった秀吉が脇坂に当てた手紙で自分は「信長のように甘くはないぞ」と脅していますが、これは信長死後なので実名を出したと思われます。

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「幸村」は後世の人間が勝手につけた名前ですよ(^^) 当時の本人が聞いても「幸村って誰?俺は信繁だけど・・・」と 言うでしょうね(笑) 当時は、同僚同士でも気易く「下の名前で呼ぶ事」は タブーでしたので、左衛門佐などの官名で呼び合いました。 父親なら成人名である「信繁」でなく「源次郎」と 元服前の幼名で呼び続けたでしょうね(^^)/