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2021/2/24 23:25

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張作霖や張学良の満州での支配はそんなに酷かったのですか? ・

日本史 | 中国史49閲覧

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もともと満州という場所は中国ではなく、清国皇帝であり、支配民族である満州族の聖地であり、財産でした。 漢民族は立ち入り禁止の場所だったのです。 清国が滅んで、満州族の権力が弱まった後、まず漢民族が不法侵入、不法占拠している場所だったのです。 次に、日本人が流入して来たわけです。

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<張作霖や張学良の満州での支配はそんなに酷かったのですか?> 張作霖や張学良がひどかったのではなく、日本軍がひどかったという話ですよ。 中国東北部にいたことがあるというおじさんから話を聞いたことがあります。その時、その人は子供だったそうです。 中国東北部では、とにかく日本人が威張っていて、中国人や朝鮮人を馬鹿にしていじめていたそうです。戦争に負けても、そのおじさんの家族は、現地の人と仲良くしていたために助かり無事日本に帰ってこられたそうですが。いつ負けるかわかりませんから、外国人とも仲良くしましょうという教訓ですね。 なので、日本人が中国人や朝鮮半島の人々にひどい扱いをしていたのは、間違いありません。

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当時、溥儀の家庭教師として溥儀の側近だったイギリス人理事ナルド・ジョンストンの著作「紫禁城の黄昏※」には当時の中国の事情が詳しく記述されています。 また、満州問題では清帝国を建国した後金が女真族の王朝であり満州は女真族の出身地だったこと、清王朝から中華民国へ政権が禅譲された裏には「優待条件」の提示があり、歴史の中で優待条件が放棄されたことで溥儀が満州に自分の王朝を建国する決心をしたことなどが重要な要素になっています。 ※「黄金文庫版:紫禁城の黄昏」下巻71~89ページ 張作霖に付いては、当時の中華民国の領土は清帝国時代の2/3であり、残りの地には清帝国時代の軍閥が勢力を持っており、張作霖がというより当時の個別勢力が自分の土地を離れると山賊となり略奪暴行を働くことが普通だったのです。さらに、自分の支配地域でも過酷な税金の取り立てを行っており、住民には住みやすい環境では無かったのです。 この辺りの事情は「宮脇淳子著:真実の満州史:ビジネス社刊」189ページ~に詳しく載っています。