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2021/2/25 17:32

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キリスト教って、どうしてあれほど偏狭な思考なんでしょうか_?

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自分を崇拝しないものは滅ぼすなどというイエスの教えが悪いからに決まってます。 平和と隣人愛とか言いながら、未信者は滅ぼす、弟子たちの勧誘に耳を傾けないものがいるだけで街ごと皆殺しと凄んでいまでますから、典型的な二枚舌です。 ●(マタイ 5:9) 「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためではなく、 剣をもたらすために来たのだ。敵対させるために来たのだ。」 ●イエスの言葉 マルコ福音書16/16 新共同訳 信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は 滅びの宣告を受ける。 別の場面では、イエスは弟子たちの勧誘に耳を傾けない街は「ソドムやゴモラの地の方が軽い罰で済む」と恫喝して凄んでいます。 ●マタイ10:14あなたがたを迎え入れもせず、あなたがたの言葉に耳を傾けようともしない者がいたら、その家や町を出て行くとき、足の埃を払い落としなさい。 15はっきり言っておく。裁きの日には、この町よりもソドムやゴモラの地の方が軽い罰で済む。」 ーー ●ヨハネの福音書3:36.御子を信じる者は永遠のいのちを持つが、御子に聞き従わない者は、いのちを見ることがなく、神の怒りがその上にとどまる。』 ●異教徒は人間ではない●●● 私は、太陽の中にひとりの御使いが立っているのを見た。彼は大声で叫び、中天を飛ぶすべての鳥に言った。「さあ、神の大宴会に集まり、王の肉、千人隊長の肉、勇者の肉、馬とそれに乗る者の肉、すべての自由人と奴隷、小さい者と大きい者の肉を食べよ。」・・・獣と偽預言者]は、硫黄の燃えている火の池に、生きたままで投げ込まれた。残りの者たちも、馬に乗った方[キリスト]の口から出る剣によって殺され、すべての鳥が、彼らの肉を飽きるほどに食べた。 (「ヨハネの黙示録」6章9〜19章21節、新改訳

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イエスは、当時のユダヤ教ファリサイ派やローマ帝国に比べれば、 随分広い心の持ち主だと思いますが。。。? 何故あなたは、ファリサイ派などを攻撃しないのでしょうか?

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原因は一神教だからと思われます。 まず基本的に宗教の論点は「人間は死んだらどうなる? 天国と地獄があるとしたら、そこに行く人間の違いは?」です。普通の日本人の感覚で言えば「道徳的に生活していれば天国に行ける」と言うのが一般的ですし、自分もそう思います。 しかし一神教では、この道徳の定義が非常に厳格です。と言うのも「神は1人なのだから、神の意志もこの世に1つのみであり、つまり正義も1つのみで、唯一絶対である」。しかも普通は自分の陣営の主張こそが正しいと考えているので「他の意見は悪魔のささやきか、悪魔に洗脳された者の妄言である。他の意見を正しいと言う事は、自身の意見の否定、悪魔だと告白する事と同義である」てな感じの考えに憑りつかれているからです。 だから同じ宗教でも、カトリックやプロテスタントと言った異なる宗派同士では攻撃的になります。悪魔退治の為に。大抵の戦争は利益確保の為に起き、目的を達成するか、利益より損害が上回るとすぐに撤収します。しかしこれが「神の意志である」とか理屈をつけると泥沼化します。悪魔を皆殺しにするまで終わらなくなるので。 今でもこの考えは変わらず「死んだ時に地獄に堕ちるのはお前の方だぞ」と心の中で思いつつ笑顔で握手する関係になっただけです。 一応、彼らキリスト教の名誉の為にも言っておきますが、一神教でおきやすいだけであって、他の宗教や、宗教以外で起きない訳ではありません。日本でも、比叡山延暦寺がこれに該当し、あまりにも彼らの蛮行が目に余ったので信長によって焼き打ちとなっています。 同じく仏教で、チベット仏教のダライラマが、モンゴル兵の指揮権を手に入れると異端派を弾圧した事があり、その逃げ出した人達が作った国が現在のブータン王国(チベット仏教が国教)です。 他で有名どころは共産主義です。共産主義自体は宗教の否定ですが「自分達は正しい思想に遵奉しているのだから、間違える訳がない。おかしいのは資本主義者の工作に違いない」と……。 もう1つ、ついでに互いに「テロリスト(特亜or軍国主義)か、それに洗脳された奴隷」と罵りあっている今の日本の政治対立もこれに近いです……どちらが正解かは別としても。宗教との違いは、敵が悪魔ではなく、実態を持っている事くらいです。