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日本帝國は戦時中多くの連合軍兵器の鹵獲をしていますが、 現物からデッドコピーして戦力化する技術力はありましたか? マーリンエンジン

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回答(10件)

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「レアメタルの太平洋戦争」 と 「真空管の伝説」 を読んでください。図書館で。どちらにお住まいかわかりませんが、都道府県内どこかの図書館にあれば無料で呼び寄せることができます。

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設計思想や構造が分かってもそれをコピー出来る基礎技術や製造技術が低レベルだったので実現出来ませんでした。 ドイツの量産品のライセンス生産も出来ない有り様でした。 DB601はイタリアでも同性能でライセンス生産出来たのに日本は故障だらけで使い物に出来ませんでした。

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マーリンエンジンをコピーする気にはならなかったでしょう。 日本ではマーリンのライバルたるダイムラーのDB600/601を正規ライセンス生産しようとして破綻していました。ニッケルの入手難という基本構造は避けられない以上、マーリンも使う気にはなれなかったでしょう。 ニッケルなどの金属資源ばかりは日本ではどうにもなりません。 レーダーについては、それなりにコピーして投入しています。 Wiki「電波探信儀」 >四号一型 フィリピンで捕獲したアメリカ陸軍CR-268を原型とする陸上設置用対空射撃レーダー。波長1.5m、尖頭出力13kW、測定は等感度法、重量5トン。送信、方位測定用受信、角度測定用受信アンテナをそれぞれ4x4、4x4、2x6の八木・宇田アンテナを使用し測距精度100m、測角精度1.5度を実現したもの。1943年(昭和18年)夏に第1号機が完成し東京都月島に設置、実用実験が行われた後にラボール中央高台砲台に送られ相当戦果をあげた。その後は海上輸送が困難となり台湾や本土に設置された。生産台数50台[4]。 >四号二型 シンガポールで捕獲したイギリス陸軍SLC装置の資料を元に製作された対空射撃レーダー。四号一型より軽量のため艦載用とされたが能力不足のため後に陸上用とする。波長1.5m、尖頭出力13kW、測定は等感度法、重量5トン。アンテナは八木・宇田アンテナで送信用1、受信用4基を装備、測距精度50m、測角精度1度だった。第1号機は1942年(昭和17年)12月に完成し館山砲術学校に設置、試験された。その後出力を倍加するなどの改良を加えた改二が製造された。生産台数は四号二型30台、改一が20台、改二が70台製造された[5]が、実際に設置されたのは十数台に留まった >四号三型 四号二型と同じSLC装置の資料を元に製作された探照燈用レーダー。要目は四号二型とほぼ同一。1943年(昭和18年)8月に戦艦「山城」に搭載されて実験が行われたが当時のレーダー開発状況では夜戦は回避すべきとされ艦載は断念された。陸上用には更に大型化した改一、出力を倍加させた改二が開発され探照燈用レーダーとしては満足する性能を得たが、終戦間際になってアメリカ軍の妨害電波のために無力化された。 海軍が多用した13号電探や21号電探、22号電探だと国内技術で製造していましたが、上記の電探は鹵獲品を参考にしていました。 VT信管はコピーする時間も投入する局面も無かったでしょう。 米側でもマリアナ沖では少量しか投入できずに、本格的投入はそれ以降です。 それも余り有効でもなかったという現実。 Wiki「特別攻撃隊」 >一般的に特攻に対して絶大な効果を挙げたと誤解されている5インチVT信管が[566]、実際には特攻に対して大きな効果を挙げていなかった。これは、5インチVT信管の供給が潤沢ではなかったことに加え、なるべく遠距離で航空機を撃破して攻撃を撃退することに秀でていた5インチVT信管に対して、特攻機側の数々のレーダー対策や、またアメリカ軍艦船に搭載されていたSkレーダーは25マイル以内の近距離の目標を探知することが困難であったので、特攻機に5インチVT信管が得意とする距離より遙か近い距離にいきなり侵入されていることも多く、砲撃が間に合わなかったためである[567]。 対空砲は手数勝負。砲弾だってひたすら消費されていく消耗品です。 使い捨ての砲弾に手間と貴重な資源を食うVT信管は、日本向きではないでしょう。 上等なレーダーなら欲しいとなっても、使い捨ての高級な信管は些か。

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日本は電気とゴムがどうしようもないレベル。 日本製真空管は品質が劣るので戦前の軍用無線機は 信頼性の高いアメリカ製の真空管を使っていて、 戦争で輸入が止まると海軍などはメーカーから真空管を爆買い、 その中から出来のいいのを選んで無線機やレーダーに使っています。 ゴム部品も品質が低く、液冷エンジンの三式戦や彗星は 水漏れトラブルが悩みの種になっています。 陸軍は戦時中にドイツからマウザー機関砲を輸入して 三式戦に搭載していますが、日本ではドイツ品質の バネや20ミリ弾が製造不可能なので、輸入弾薬を使い果たすと マウザー機関砲は使用不能になっています。

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戦前戦中の日本の技術開発力は素晴らしかったそうです。 戦後に米軍が日本の戦闘機やエンジンの設計図を入手して試作してみたら素晴らしい性能だったそうです。 日本が弱かったのは製造技術です。部品のばらつきが大きくて設計図通りに作れなかった。特に熟練技術者が出征して中学生や女学生が生産するようになってからは相当ひどかったそうです。 結論:コピーは試作レベルではできたかもしれませんが、量産はできませんでした。

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