ID非公開

2021/4/8 7:42

88回答

エホバの証人には信条や信仰告白があるのでしょうか?

宗教 | 哲学、倫理151閲覧

ベストアンサー

0

ID非公開

2021/4/11 7:42

ID非公開

質問者2021/4/13 5:11

>エホバの証人はコントロールされており、他の回答者も書いているように敷かれたレールに沿って歩むだけで「こうあるべき」というルールのようなものを覚えるだけです。それを呑み込むというのが、エホバの証人がいう信仰です 「こうあるべき」という規範やルールのようなものはあっても、信仰者が自らの信仰を告白するような信条は、どうぞ存在しないと言うコメントが少なくないように感じます。 エホバの証人の方々は、規範やルールを、信仰告白と混同されておられるのでしょうか?それは、回答者様のおっしゃるように、心をコントロールされた状態に他ならないように思います。

その他の回答(7件)

0

ID非公開

質問者2021/4/11 5:23

リンク先は、一人称単数の信仰告白や信条というより、教条や規範、ルールではないでしょうか?

0

信条は。聖書理解から。 1人間の祖先アダムが失った永遠の命をイエスが回復させる。 2我々の祖先アダムは神の指導に反逆し、人間による政治が始まったが、イエスは国々を倒して、神の国を回復する。 つまり人間は神に反逆し自治を始めたが、それが幸せをもたらさないと、証明される期間が過ぎた時、神は裁きの日として行動し地球支配を回復する。 3神の国に住むには、隣人愛が必要であり、利己的生き方を変える必要がある。

わかりやすく言えば。 悪人を裁く神の日が来て、隣人愛の生き方をしない人や、神の支配を認めない人は滅ぼされる。 地球は神の国になり、そこに住む人は永遠の命を得る。

1

元エホバの証人だけど 個を持つ事は許されない 全てエホバの口から出る事として話さなければならないから 伝道で家の人に逆証言されると、凹むか泣くか中には精神崩壊して病院に入って出て来れない人、自ら命を断った者もいる 去年、23区キャンペーンで 統治体は田舎の奉仕者に都市部での奉仕をやらせて、私の会社に来たのが二組ほどいたけど、逆証言して論破してやったw

1人がナイス!しています

ID非公開

質問者2021/4/9 5:21

>個を持つ事は許されない 全てエホバの口から出る事として話さなければならない 信条や信仰告白の主語は一人称単数の「我・私」ですが、エホバの証人は、どちらかといえば「私たちは~」や「エホバの証人は~」と、一人称複数でしか信仰や宗教のことを語らないように思います。 個性やキャラクタを活かした信仰や伝道というのは駄目で、一律「伝道時間が週に~~時間」と、紋切り型で、同じような伝道を強いてるのでしょうか? なんとなく「貌のない『集団のひとつの部品』として参加」という感じがします。 結局は、自分達で考えて、時には疑問を持って批判して、それをボトムアップするようなことは皆無なのでしょうか?

1

よい質問だと思います。宗教学において、ある宗教を特徴づけるのは正典・教義・職制ですからエホバの証人でこれらがどのようなものか知るのが、この教団を理解することになります。キリスト教徒のほとんどは自分の関わる/関わった教派しか知らず、それでもエホバを嫌うけれど、知ることが必要でしょう。 キリスト教の基本教義はニカイア信条で、カトリックにも正教会にもプロテスタントにもほぼ共通です。カトリックとプロテスタントの違いは何か、とよく質問があがりますがルター派のアウグスブルク信仰告白の第一条にニケア信条を正しいと認めるとわざわざ書いているので、教義の基本は同じだとーー少なくともそう考えていたとーー解る。 ただ、最初の正統派キリスト教の信条であるニカイア信条でも、ただ信条を書けばよかったのではなく、否定するものがあるから肯定的なものを書いた。ニカイア信条ではアリウス派によるイエスの神性否定をダメ出ししたのです。 そのように信条は、否定することをハッキリさせる要素を持っています。ルター派のアウグスブルク信仰告白などは長いこともあり明確にダメなことを書いている。同様のことがエホバの証人でも見られます。エホバの証人は信条という題を付けていないが、Webサイトで15項目の「わたしたちが信じている基本的なこと」を掲載しており、アウグス…を思わせる肯定と否定の項目を書いています。これがまぁ信条なのでしょう。彼らを知るには必要十分な情報かと思われます。

1人がナイス!しています

ID非公開

質問者2021/4/9 5:15

>これがまぁ信条なのでしょう。彼らを知るには必要十分な情報かと思われます。 この「わたしたちが信じている基本的なこと」は、公会議や総会のようなものを開いて、そこでの議論の中で決まったのでしょうか?単なる統治体からの指示ではないでしょうか? これは信仰告白や信条というよりも、教条や規範的な要素が強くて「こうあるべき」的な教条主義的な内容です。 教義や教理とも違って、どちらかと言えば副次的・二次的な内容でしかないです。 この15箇条の根拠となる神学体系や信仰告白、信条というのがあるのでしょうか? それは存在せずに、結局は統治体に信仰の指針の決定権があって、上位下達的に規範としての15箇条が、エホバの証人ひとりひとりに指示されているのでしょうか?  彼らを知るには必要十分な情報と言われていますが、輸血拒否や体罰等の社会的に問題なる事柄に関しては、これだけでは十分ではないです。

3

エホバの証人のWebサイトには、エホバの証人の信条が掲載されています。 ~エホバの証人はどんなことを信じていますか~ 15箇条の信条です。 https://www.jw.org/ja/%E3%82%A8%E3%83%9B%E3%83%90%E3%81%AE%E8%A8%BC%E4%BA%BA/%E3%82%88%E3%81%8F%E3%81%82%E3%82%8B%E8%B3%AA%E5%95%8F/%E3%82%A8%E3%83%9B%E3%83%90-%E8%A8%BC%E4%BA%BA-%E4%BF%A1%E6%9D%A1/ ただ、これは厳密には、”信仰者が「自らの信仰」を告白するというような信条”というよりも、”エホバの証人の教団側が信仰者に対して「このように信じなさい」と指示や教育”をするような意味合いになります。 信仰者が自ら、自分の信仰を告白するような意味での信条や信仰告白ではないです。

3人がナイス!しています

ID非公開

質問者2021/4/9 5:07

>”信仰者が「自らの信仰」を告白するというような信条”というよりも、”エホバの証人の教団側が信仰者に対して「このように信じなさい」と指示や教育”をするような意味合いになります これは信仰告白や信条というよりも、確かに教条や規範的な要素が強くて「こうあるべき」的な教条主義的な内容です。 教義や教理とも違って、どちらかと言えば副次的・二次的な内容です。 この「わたしたちの信じている基本的な事柄」は、どのような経緯で決まったのでしょうか?公会議のようなものを開いたのでしょうか?それとも統治体が決めて、教団へ流布した上意下達のものでしょうか? この質問で知りたいのは、この「わたしたちの信じている基本的な事柄」の根拠となる神学体系や信仰告白、信条です。それは存在せずに、統治体に信仰の指針の決定権があるのでしょうか?