戦前における旧制学校制度では、中学校の進学率は2割程度とされておりますが、高校は何割程度になりますでしょうか?

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大ざっぱに言えば、昭和10年頃で、小卒(尋常、あるいは高小)で就業した者は全体の6割、残り4割は旧制中や実業系の学校に行った。戦後教育制度が改められ、中学までが義務化されたころの高校進学率は4割だったので(その後急速に伸びますが)、だいたい戦前の進学率と符合します。 旧制中から更に上に進学した者は地域差があって何とも言えませんが、昭和10年に地方小都市の旧制中を卒業した私の先祖の例で言えば、同期生60名のうち旧制高が2名、陸士1名、海兵1名、高師(つくば大)1名です。だからかなり少なかった。(全体では同年齢の1%と言われています)。昔は旧制中を卒業したというだけで、特に地方ではエリート扱いだった。なお、女性は旧制中に当たる高女がありましたが、旧制中よりも進学率の方が高かったと言われます。職業が色々あった男性に比べ女性には少なかったので、実業系の学校じゃなく高女への進学が多かった。 なお、旧制高は現在言えば大学の教養課程のようなもので、大学進学が前提でした。今の東大合格と昔の旧制一高合格はだいたい同じ事だと考えていいと思います。

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中等教育進学は2割程度ですが、農学校や商業学校、女学校なども含まれており、男子は女子より進学率高いことを考えると、3割前後でしょうか。中学単体では7%くらいです。各地の公立名門進学校と都市部の名門私立高校の前身ですね。 私立はピンキリで商業学校農学校レベルもありました。公立はホントにハイレベルでした。 ハイレベル私立は戦前はとても公立に及びませんでしたが戦後、中高一貫校にいち早く切り替えた開成や麻布などは一流進学校になりました。 進学しない子は小学校の高等科に2年行きました。陸士や海兵に行きたい子は高等科卒業後または中学等を中退して行きました。 旧制高校は全寮制でレベルが高く帝国大学の予科のようなもので、ほぼ全員がとこかしらの帝国大学に入っていました。私立大学予科よりはるかにハイレベルでした。

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