ID非公開

2021/4/10 17:59

88回答

天皇は神の子孫とする考えは近代になってからのものですか?

日本史 | 宗教38閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">500

ベストアンサー

0

その他の回答(7件)

0

もともと日本書紀で神の子孫とされてました。大陸で仏教が流行って蘇我氏が日本にも導入しようとして、古来よりの神を信望する物部氏と対立しました。しだいに仏教が普及して天皇家も仏教を崇拝するようになりました。日本の神は本地垂迹説などでつじつまをあわせました。明治になって廃仏毀釈令で極端になりました。

0

仏教は、実は宗教ではないのです。 仏教に教義はなくて、信仰する神も存在しません。仏教は、修行によって得られる悟りを重視していて、その悟りを得た人(正確には魂)が仏になり、悟りの段階で、グレート(菩薩とか如来)が上がるという人間中心の考え方です。これ例えるなら哲学と言うべきものです。神道とは矛盾しないのです。

0

天皇は神道のトップの大神主という立場ですが、 過去には仏教と関係してしまった歴史もありました。 これは、渡来人が皇室の乗っ取り、弱体化を狙うために仏教を導入したとの説もあります。 なお、明治天皇は皇室と仏教の過去の関係を好ましくないと発言されたそうです。 なお、神話の神の子孫という「神族」というお宅は日本にはたくさんあります。

画像
0

「作品」ってテレビのドラマとかですか?そんなものを無批判に信じるのですか? 奈良時代、聖武天皇は仏教に傾倒して出家し、国を傾けました。 寺院造営事業で国家財政を破綻寸前にしただけではなく、思想的に仏教は血筋の価値を否定する能力主義なので、道鏡という僧侶が天皇位につく可能性も生まれたのです。 だから平安時代には、天皇の権威を血筋を重んじる神道で守り、決して出家させなくなりました。 天皇を引退して、はじめて出家して法皇(院)になるのです。

0

歴史書(日本書紀と古事記)ができたときから天皇一族はずっと神様(天照大御神)の子孫。初代神武天皇は(日本書紀と古事記によれば)天照大御神の五世孫。ただし初代から第九代開化天皇までは実在していない可能性がかなり高い(寿命が100を越えているなど無理がありすぎる)。 欠史八代 『古事記』『日本書紀』において系譜は存在するが、その事績が記されない第2代綏靖天皇から第9代開化天皇までの8人の天皇のこと(嘘臭すぎる天皇たち)。 初代神武天皇(実在)127歳 綏靖天皇 83歳 安寧天皇 66歳 懿徳天皇 76歳 孝昭天皇 113歳 孝安天皇 136歳 孝霊天皇 127歳 孝元天皇 115歳 第九代開化天皇 110歳 第十代崇神天皇(実在)118歳 (後半5人+実在二人が化け物化している) 神道は唯一神じゃないので、仏が入ってきても何の問題も生じない。例えば本地垂迹説は、仏教が興隆した時代に発生した神仏習合思想の一つで、神道の八百万(やおよろず)の神々は、実は様々な仏(菩薩や天部なども含む)が化身として日本の地に現れた権現であるとする考えである。つまり仏教と神道が一体化している。一体化している以上どちらでもかまわない。 明治になってから神道が国家神道となり仏教から分離した。そのときに廃仏毀釈という、仏教寺院・仏像・経巻(経文の巻物)を破毀(破棄)し、仏教を廃する運動が現れた。

神道が盛んな地域(水戸藩など)では神道を尊重するために廃仏毀釈を藩が行った。また明治になってから神仏分離令が出されて神道と仏教が分離されたが、このときに一部の神道信仰者や神職の人たちが暴走して、廃仏毀釈運動をおこした。 日本の文化大革命みたいなもので、文化史に残る汚点と解釈するのが普通。