ドイツのDo335は終戦の2年前に初飛行して各種試験ののち、予期した性能が得られないと結論されて量産はされませんでした。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

あれはさすがに傑作機ではない

お礼日時:4/21 5:56

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震電は、敗戦国民のロマン(負け惜しみ)の拠り所だったのでしょう。 私が子供の頃の航空評論家は戦前戦中派が主で、「実用化されればB29にとって大いなる脅威になったのは間違いない」とか「世界に類を見ない、日本の航空技術の優秀さを示したもの」等々の賛辞ばかりでした。 それが今に受け継がれ、機体の特異性も加わり妄想だけが肥大しているのだと思います。 6枚ペラの不具合、脱出時のペラ爆破機構の未完成など課題だらけで、制式化されるのは早くても1947年でしょう。 その頃米英ではジェット戦闘機が実用化していましたし、米陸軍のP47NやP51Hは最高速度750km/hを突破、震電の設計速度と同等でした。 そもそも、戦時中に制式化された日本の戦闘機の殆どは設計速度を50km/h以上下回っていましたから、震電は700km/hに至ったかも疑問です。 B29を迎撃しようとしても、速度や高々度性能に勝るP47NやP51Hに返り討ちに遭うという惨めな結果となるのは、想像に難くありません。