慶長の役の際日本側の各大名は、出兵させた農民の代わりとなる労働力として現地の朝鮮人を積極的に拉致していたそうですが、

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

調べてみたところ、奴隷として狩られた人々の大半は売り飛ばされていたのですね。 他の方々も回答してくださってありがとうございましたm(_ _)m

お礼日時:4/22 22:22

その他の回答(2件)

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奴隷売買が主産業だった薩摩は、戦闘そっちのけで人狩りをして、軍船に満載して日本に送っていました。 ほとんどは奴隷として海外に売り飛ばされています。

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朝鮮からつけてきたのは、陶磁器の技術者です。 米を作る百姓を連れてきても、出来た米は、そいつらの食料なるので効率が悪い。 それに、決まった田からは、米としてだいたい同じ量の米しか取れない。 作業者を増やしても収穫量は増えない。 朝鮮出兵の頃だと、兵農分離が進んでいます。 農民を徴兵して、朝鮮くんだりまで連れていきませんよ。

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