太平洋戦争末期、アメリカ海軍は日本より優れたレーダー、対空砲火、戦闘機を持ちながらなぜ、神風特攻を防ぎきれなかったのですか?

日本史 | ミリタリー144閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">25

ベストアンサー

4

4人がナイス!しています

ThanksImg質問者からのお礼コメント

皆さん、ありがとうございました。

お礼日時:5/6 20:19

その他の回答(13件)

2

低空飛行で来られた場合、当時のレーダーの性能では、探知しづらい。 1976年に函館空港にMiG-25が強硬着陸した時も地上のレーダーは島陰に隠れるなどして機体を見失う、F-4EJの当時のレーダーは低空飛行する航空機を探知できる性能が低く失探。 だから早期警戒機の導入が決まり、F-4EJがアップグレードされた際にレーダーがルックダウン・シュートダウンに優れた物に換装された。

2人がナイス!しています

0

当初はJAPのクレイジースーサイド!という米将兵のパニックも手伝って、防ぎきれないケースが出た。イスラム厳格主義テロリストの自爆攻撃と一緒。 が、やがて迎撃機や艦対空砲での撃墜のみならず、操艦で特攻機の突入コースから自艦を逸らすノウハウなどが短期間で編み出され、しかも全軍でたちどころにそれが共有されるようになった。この辺が、硬直したまま自己陶酔と自縄自縛とで勝手に自滅した日本軍との違い。 戦後の、防衛研究所での特攻の実態分析結果がある。旧陸海軍や海外資料に基づいて、出撃した約3300機を調べた結果、米艦船に命中したのはその11.6%。操縦不能になるなどで艦船近くに海没した機が5.7%。撃墜された機5.3%。帰還機27.5%の一方で、「不明」が49.9%もあった。 これが実態。特攻を自尊心とだらしなく一体化し、血眼で美化して自意識を満たそうという手合いは、極々一部の戦果をまるで手前ぇの手柄だヅラで吠え立てドヤるが、それはノモンハンでの対戦車火炎瓶肉攻が「効果アリ」とみなし、それをやがて全軍どころか全国民に強いるに至った旧軍の無為無策無知無能そのもの。

画像
3

それは仕方がない話であり、日本より優れたレーダー、戦闘機、対空砲といったところで、それは日本より多少優れているというだけであり、完全でも完璧でもないということです。 まず当時のアメリカ海軍の将兵の大半、大多数は、民間人の素人上がりの、戦時志願水兵や、予備役士官であり、また正規の職業軍人であっても、戦前の訓練は大艦巨砲主義的訓練であり、大規模な空襲に対する訓練などはしたことがなかったのです。 実戦経験豊富な将兵がいたとしても、せいぜい二年や三年の話であり、また戦死したり負傷して復帰できない人も多く、全体の中から言えば、決して多くはなかったのです。 アメリカ海軍の戦闘機パイロットでも、沖縄戦に至るまでに相当な人数が撃墜されて戦死したり、行方不明になったり、負傷して再起不能になったりしているのです。 士官でも正規の士官は少なく、日本と同様に学徒出陣の大学生予備役士官が多かったのです。 アメリカのレーダーも日本よりは性能がいいというだけで、結局は電波などで、スマホと同じように電波障害が起きたり、電波が混信して不通になったり、あるいは電池が切れることも多かったのです。 スマホでもそうですが、同時にいろんな人と通話することはできません。話し中であれば他の電話はつながらないのです。 大艦隊で、いろんな奴が同時に電波を飛ばせば、混乱は起きて当然なのです。システム障害です。みずほ銀行のATMと同じです。 アメリカ海軍でさえも、大艦隊であればあるほど、素人や新人が多かったのです。フランチャイズのコンビニやファミレスと同じです。 高いレベルを維持したまま数を増やすというのはほとんど不可能なのです。 特に当時のアメリカ海軍は、ケンタッキーフライドチキン的なフランチャイズ方式、短期速成のマニュアル教育で巨大化したのです。 それはそれで間違いではありませんでしたが、アラが多く、マニュアル教育では対応しきれない部分も非常に多かったのです。 大量生産の護衛空母だとか、護衛駆逐艦とはは、何もかもが必要最低限の装備と訓練であり、別に質が高いわけではなかったのです。 レーダーで早期に探知しても、素人や新人の多い護衛駆逐艦などは、その後にキビキビと動けなかったのです。 運転の下手なドライバーは、カーナビが最新でも速く走れないのと同じです。 当時のアメリカ海軍の戦闘機でいえば、実は爆撃機パイロットが操縦していたのも多かったのです。 アメリカ海軍の急降下爆撃機は、日本戦闘機に簡単に撃墜されるのが非常に多かったため、F4Uコルセアのような戦闘機で爆撃する方針に変わったのです。 それで神風特攻に対しては、戦闘機が足りないので爆撃機パイロットの操縦する戦闘機も迎撃に回されましたが、やはり彼らは空中戦はヘタで、上手く迎撃できないことも多かったのです。 当時はアメリカ戦闘機を操縦しているのが戦闘機パイロットとは限らなかったのです。 戦闘機パイロットが操縦していない戦闘機が、レーダーで探知された神風特攻機を上手く迎撃できないのは仕方がないことなのです。 さらに当時は、F6Fが圧倒的に足りず、海兵隊のF4Uも空母に配備されました。 本来、F4Uは空母用の艦上機としては失格とされていたのです。 しかしF6Fがフィリピンや台湾などでたくさん撃墜されて、仕方なく海兵隊のF4Uを空母に配備することになったのです。 しかしやはり海兵隊のF4Uは空母に不慣れで、海軍のF6Fほどうまく特攻機を迎撃することはできなかったのです。 とにかくF6Fも、かなり撃墜されてパイロットも死んでいたため、戦闘機パイロットが足りず、本来の任務ではない爆撃機パイロットや海兵隊のパイロットが中心になって特攻機を迎撃していたのです。 対空砲が完璧ではないのは、戦闘機が必要なことで明らかですが、その戦闘機も足りず、海兵隊のF4Uや爆撃機パイロットでどうにかしのいでいたのです。

3人がナイス!しています

3

F6Fが大半を撃墜しています。 爆装した特攻機は動きが鈍いので戦闘機に発見されたら ほぼアウトです。 記録映像に残っているのはごく一部の例外。

3人がナイス!しています

1

戦意を保つために都合の好い事しか発表しないのは古今東西どの国も一緒です。高速ですれ違う特攻機とVT信管付きの対空砲弾、果たして効果があったのでしょうか。それよりも特攻のキルレシオは搭乗員1名に対して米兵1名だったそうです。

1人がナイス!しています