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2021/5/7 19:58

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教養人とは、このような人でしょうか? ____________________ 競走馬のように走り続ける現代人の「教養」信仰

一般教養 | 読書24閲覧xmlns="http://www.w3.org/2000/svg">25

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質問者2021/5/11 13:15

ありがとうございます。 今回、私が挙げた引用文は古典にも通じるのですね。 私が想像していた以上に重要なテーマだと感じます。

ThanksImg質問者からのお礼コメント

今回、挙げた記事の終わりに、次の文章があります。 「心が冷たい人間が、どんなに知識を詰め込んだところで、それは真の教養たりえないということです。逆に、心温かき人であれば、知識のガラクタを集めなくても、自然とおのずから、必要かつ十分な教養を身に付けることができる。」 (質問者) 私は、まだまだ実感できないのですが、この文章に重要な何かがあることは分かります。 ご回答ありがとうございます。

お礼日時:5/16 18:53

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これはあくまでも「桜井章一の考える教養人」であって、当然これのみが正解というわけではなく、わたしの考える教養人とも違います。 教養人には、高いレベルの知識や経験が必須条件です。 その知識や経験をもとに自分を律することの出来る人が教養人だと思っています。「人のため」はどっちでもいい。とにかく自分を律することが出来ればそれでいい。 そう考えています。 逆にいえば、いくら人を助けても、自分がグダグダだと教養人とは言えません。 桜井章一は「雀鬼」として有名な方で、そもそもが「自分を律する鬼」のような人です。だから自分を律するなどは当然、というスタンスで物事を考えているのでしょう。 しかし彼には当然でも他の人には当然ではない。ほとんどの人は自分を律せない。 高い知識や経験を持ち、それをもって自分の行いを律することが出来る人。 それがわたしの考える教養人です。

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