近代までの日本では天皇はお飾りで実際の権力者がいるというのが多いですが、

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ヨーロッパだと、一応は神聖ローマ皇帝(世俗)がトップだったりローマ教皇(信仰)がトップだったりしましたね。 ただ、実権はその配下の諸侯や国(概念として語弊がありますが)にありました。

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ヨーロッパだと、ローマ教皇もしくは神が天皇に相当する。 神の代言役として教皇がいて、教皇が国王を任命することで正当性を持たせ、国王が実際の権力を握る、といった感じ。 中世王様のお決まりのセリフ「神の名のもとに」というのは、「俺が今から言うことは神様に認められたことなんだから逆らうなよ」という意味。

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パッと思いついたのが、君臨すれど統治せず、の元となったポーランドリトアニア共和国 王様は選挙で選ばれ、自ずと選挙を行う貴族議会(セナト)とその構成員の貴族、特に有力貴族(マグナート)が強くなりました こいつらが国を売り飛ばしてポーランドは18世紀に消滅する訳ですが 元々 ドイツやポーランドでは、選挙王政、つまり王は戦争などの時の臨時職という面が強かった 平和な時は貴族などが統治をし、戦争の時にリーダーを選出するわけです(キヴィタス

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あります。だいたいこの二パターン。 ①君主が子供や病気。この場合は母親か妻が実権を握るが、お姫様育ちで政治力がない場合、信頼できる人を宰相にして実権を握らせた。 ②宰相がすごく優秀で、国王が信頼して丸投げしてしまった場合。自分よりずっと優秀で任せた方が国が安泰、という場合は全部任せてしまう。国王は宰相が自由にやりたいことができるように配慮してあげればいい。悪いことをしだしたら罷免する。 たとえば ルイ15世は幼児の時に即位して母親も既に亡くなっていたため親戚が摂政として実権を握り、成人後は親政を始めるが宰相が優秀な人物だったため次第に全部任せるようになりました。宰相の死後は愛人のポンパドゥール夫人に任せました。 他にも君主が自分より優秀な人物を登用して政治を任せることがありました。お飾りというより君主の人を見る目と、登用された人との信頼関係があったことで成り立った関係ですね。 イギリスのジョージ二世はドイツ育ちのためイギリスの政治に関心がなく、議会政治だったことと王妃が優秀だったことで有名な政治家のウォルポールとカロライン王妃が協力して政治を行いました。 メアリ・スチュアートは生後間もなく父が亡くなって女王になったけど政治なんかできるわけもなく、母が摂政として実権を握る。幼い時にフランス王太子と婚約してフランス宮廷で育てられたためスコットランドは母、次は異母兄(愛人の子なので王位に就けない)に任せていました。夫の死後帰国したけど政治に無関心のため何もしなかった。再婚相手の不審死と再再婚問題で王位を追われ、スコットランドは一歳の息子を王位に就けたけど、当然ながらこの息子の時も別の人物が実権を握りました。