犬や猫にとっては音楽は存在しないです(まぁ人間にもいますけど)

補足

音波の連続体であるものを、『知性』の処理で感動快感に結ぶ。これこそが人間の固有性ではないだろうか?

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ベストアンサー

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【newさん】 サムさん仲直りしたいのにうじうじして言い出せずにいます。 お願い、サムさんの質問のところに来てください。

その他の回答(7件)

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〉犬や猫にとっては音楽は存在しないです 断言なさっていますが、それがもし本当ならば大発見です。 動物や昆虫は発声や羽音などで歌いますし、意志や感情を伝えています。 それを否定なさるとすれば、同じ生物であるところの我々人間の“音楽”も、たとえばシューベルトのドイツリートもただの雑音だということに。 音楽の趣味の合わないご友人を「知性のない存在」とおっしゃりたいのであればクラカテではなく「人間関係の悩み」のカテゴリーへの質問がベターかと。 虫と猫の友より

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音楽の起源については考古学的物証が全く残らないので、想像しかないのが難しいところですね。 実はギリシア時代や日本の平安時代中期ぐらいも、音楽芸術は最盛期を迎え、文学などに劣らない黄金時代があったらしいのですが、当時は楽曲の楽譜を書くという習慣がなく(というより空で覚えていないとド素人だという考えがあり、今でもスコアを見ないで指揮したり、ソロ楽器を演奏する人もいます)、メモ程度のものはあったでしょうが、紙に書いたものは残っておらず、どんな音楽だったのかが全くわからないのは残念です。 しかし、音楽の初めは、歌であるということは確かであり、人の声の代わりに、最初は草の葉や石で作った笛、リズムをとるための太鼓のようなもの、絃を張ってかき鳴らす原始的な弦楽器・・・というふうに進歩してきたのでしょう。日本でも音楽を琴笛の音(ね)と言いました。「ね」は「鳴く」「鳴る」の「な」です。 音楽のは味まりが歌であり、歌が「訴ふ(うたふ)」の「うた」であったということは、心持ちを外に出して訴えるというのが音楽の始まりだったということを意味しているでしょう。 つまり音楽は言語と深く結びついている。ベートーベンも四十歳をすぎてそのことに思い至ったらしく、晩年の最後の大作であるミサ・ソレムニスも第九も管弦楽は脇役に回っている。弦楽四重奏も極めて声楽的な作品で、人間の内面を吐き出すように訴えかけてくる。耳がほとんど聞こえなくなっていたベートーベンは、言葉の代わりに、音楽でその思想を伝える方が遥かに易しかったのでしょう。 考えの浅く、幼稚な人は言葉も幼稚である。言葉が幼稚な人は幼稚な音楽を聴き親しむ。思想感性、言葉、音楽はほとんど一体のものだと思います。

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