第二次世界大戦中、太平洋戦争勃発後の日中戦争の様相はどんなものだったのですか?

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太平洋戦争が始まると、終わりの始まりで どこも固唾を飲んで行く末を見守ったでしょう。 中国も同じで戦後の内戦再開を考慮し温存したでしょう。 米軍は当初、既存兵力での戦いです。 正規空母6隻、日本も同数。 42年、各々4隻失いました。 日本陸軍は41年12月8日以降、 山下軍が英領マレーへ、台湾からの軍が米領フィリピンへ、 関東軍から一部引き抜かれた軍が蘭領インドネシアへ侵攻しました。 この軍は後、豪州に向けた戦線に転じてゆきます。 米軍の反攻は以下。 42年、装備 43年、訓練 44年、反攻 43年春、パールハーバーに新型正規空母エセックスが入港。 夏、最新鋭艦上機F6Fを搭載し訓練開始。 秋、訓練出動を兼ね南鳥島を空襲。前線に就役しました。 続々と就役するエセックス級空母群は44年7月のサイパン 攻略を手始めに沖縄に向け怒涛の進撃を始めます。 (西部戦線も同じ、6月Dーday。) 45年4月、急に大統領になったトルーマンは頭を悩まします。 中国本土に100万人の日本軍がいるのです(ソ連の満州侵攻 密約はここで知る)。 そこでポツダム宣言に「降伏すれば兵士は戻れる」と明記します。 こうして45年秋には兵士105万人が、米国に従う国民党中国から 引き揚げが始まります。民間人70万人も同様に扱われました。 なお日本には船はほとんどなく米第七艦隊が使われました。 地獄の満州、フィリピンについては別とします。