戦乱の世が終わり徳川氏が整備した五街道等の各種公道ですが、武士では無くフツーの旅人だと夜道は賊や猛獣の襲撃に会う危険性は高かった・・・たりしたんですか?

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皆様有難う御座いました!

お礼日時:6/22 14:09

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そういう危険を無くするために街道や宿場が整備されたのです。なので宿場が整備される以前は山道ではよく山賊が出たようです。

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電気のない時代に土地勘のない夜道を旅行するなんてそもそも無理です。 あなたは土地勘のない道を目をつぶって旅行できますか。 したがって、強盗も夜中に来るはずのない旅人を待ち伏せしません。待ちぼうけの歌ではあるまいし。 家で寝ています。 まあ、怖いのは野性動物でしょうね。

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こんにちは大変に良い質問ですね。 ご明察の通りです。 戦国時代は各々の戦国大名が自国の道路整備を行っていたが、同時に他国からの侵略を容易にする諸刃の剣でもあった。便利な道路は自国の不利益となる可能性があるため積極的に整備されたとは言えない。しかし関ヶ原の戦いの後、幕府が全国的な支配体制を確立する基盤事業として道路は整備されていった。 五街道は、江戸時代の江戸・日本橋を起点に伸びる東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道の五つを指した陸上幹線道である。1601年(慶長6年)に徳川家康が全国支配のために江戸と各地を結ぶ以下の5つの街道を整備し始め、2代将軍秀忠の代になって基幹街道に定められた。