第二次世界大戦時の日中戦争において、台湾出身の志願兵や大卒者が、戦場や日本の傀儡政権だった満州国や南京国民政府(汪兆銘政権)の各機関で、通訳として活躍した様な事例はあったのでしょうか?

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通訳に、台湾出身者を使う必然がなかった。 満州国での公用語は日本語、満州語 当時の台湾の公用語も日本語、1895年から日本領だから50年以上高等教育機関の入学試験も日本語。 日本統治の前の台湾なんて、江戸時代の日本みたいなもんで台湾人同士がしゃべるのに事欠く状態。明治中期大山巌はのちに妻となる人(会津出身)とのデートではフランス語しか通じなかったと聞く。 中国語:漢語にも官語(官吏登用試験で使われる言葉)以外に通じる言葉はなかった。 台湾人は中国人ではないし、通訳として使う必然がなかった、 普通に兵隊として使えばよかった。

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明確な記録はない筈ですが、いた筈。 日本名使えば区別出来ない。 台湾移住の中国人の30%は客家人。客家語は唐時代の中国語。北京語に近い。台湾前には南中国に住んでた。 北京語(華北語)、広東語(華南語)、台湾語(華南語の「門に虫」語「さんずいに奥」語、日本語喋る人が多かった。 台湾に多くの客家人いたの知らない人が変な回答してる。 李登輝総裁も現在の総裁も客家人。

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台湾客家は 華北(語)→華南(語)→台湾(語)なので、中国語には有利ですね。 当時は北京語と香港の広東語は通じない。 客家は華北(語)→華南(語) 客家同士の遠距離交易、考えると、中国内でも通訳的機能した筈だ。 孫文も正妻も客家。蒋介石正妻も客家。 日本も寧ろ重用したと思います。

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他のみなさんのおっしゃる通り、 その当時、台湾人で中国語が話せる人は ほぼいなかったと思います。 中国語は戦後になって、国民党に強制された言語だからです。 (国民党と一緒に来た外省人以外の人たちにとっては) その当時の台湾人は、日本語と自分たちの母語 (台湾語、客家語、先住民各部族の言語)を使っていたはずです。 台湾が日本に割譲された時、 日本政府が中国語の通訳を連れて行って 台湾人に全然通じなくて困った、 みたいな話を聞いたことがあります。 当時の日本人も誤解していたのですね。 (清朝統治下だったから中国語だろうと 思ってもしょうがないんだけど) ただし、上記のように中国語が話せる人が 「ほぼ」いなかった、と書いたのは 台湾人でも中国語を勉強した「通訳」がいたと 聞いたことがあるからです。 ある日本統治時代に書かれた歴史小説にも、 海外帰りで中国語を話す台湾人がでてきました。 中国語を解する台湾人はゼロではなかったことは確かです。 ですので、そういう中国語を学んだ台湾人が 満州国などで通訳として働いたことがあるのかどうかは 詳しく調べないと分からないのではないかなと思います。 でもわざわざ中国語が母語ではない台湾人を 中国語の通訳に連れて行く必要はないように思いますけどね… どうなんでしょうね?

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当時の台湾で話されていたのは「台湾語(閩南語)」で中国大陸で 使われている北京語や広東語とは全く別の言語でしたから、台湾出 身者が満州国や南京国民政府(汪兆銘政権)の各機関で、通訳とし て働くのは困難だんったと思わわれます( ノД`)シクシク… 残念ねww

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当時の台湾人は中国語は全くしゃべれませんよ。 日本には語学学校があるぶん、日本人の通訳が格段に多いでしょう。 台湾人が中国語を話すようになるのは日本敗戦後に中華民国支配下になって中国語を強制されてからです。

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