ID非公開

2021/7/20 12:09

1212回答

ミッドウェー海戦で日本が敗北した理由はなんでしょうか?

ベストアンサー

0

ThanksImg質問者からのお礼コメント

ありがとうございます。 ほとんどの日本海軍幹部が色々なミスが積み重なったのが原因ですね。 軍令部も連合艦隊司令部も機動部隊司令部も幹部はみんな原因を作った張本人ですね。

お礼日時:7/24 22:57

その他の回答(11件)

0

慢心…であろ? まぁそもそも魚雷戦の権威? 航空機に特段何かあるワケでもない南雲ッチが率いてんだぜ。 無論、それだけでもないんだが.。oO ありゃ東京初空襲が絡んでて、 作戦立てる側にも変な焦りがあったりもする。 背景には、日露戦争後の<日比谷焼打事件>のトラウマも あったともいうが(もっとも、これは負けた事ひた隠しに した感覚に強い影響があったと言えるけども)。 戦術的には、敵主力空母郡を叩きたいのか ミッドウェー島攻略なのかが不明瞭だった側面もある (ある種一石二鳥狙ったが、二兎追う者は一兎も得ずとなった感)。 繰り返す、慢心は 偵察部隊にもあった。敵は出てこないという感覚からか? 雲の上を飛んでたというネタもある(どっちがビビってんだ?)。 不運?偵察機の故障云々は…本当に不運で済ませられるだろうか? 実は、急降下爆撃機には注意すべしという教訓は その前の作戦で得てたという話もある。 活かされなかったのは、体質だろうか? と、いうより航空機に疎い南雲さん抜擢の時点で (この人事制度に難がある。平時なら、そういうのもあろうが 戦時に適材適所を選べない体制ってのは…どうであろう) 厳しかったかもしれない。 且つ、根本的な話になるが 仮にあの作戦日本側が勝ってたとしても…更に 慢心が高まり且つ戦線を限界超えて広げてくだけで やはりどこかでつまずく(より壊滅的に)事になりえたろう。 情報戦のネタも絶望的にザンネンなのだが 今回は置いとこう。 しょっぽクン

0

1)航空機の絶対数がアメリカに劣っていた。 2)相手が2群3隻の正規空母と、ミッドウェー島の飛行場を利用できたのに対し、日本は4隻の空母を一つの艦隊に配置し、一度に攻撃を受けやすかった・ 3)アメリカ海軍が日本海軍の行動を予期し、待ち伏せに成功していた。 4)日本の機動部隊が、攻撃重視か防御重視かの方針を明確にせぬまま戦い続けた。 5)敵の概略位置に、装備の整った部隊から発艦、進攻させず、ぜい弱な空母の格納庫内に、フル装備の航空機を満載させてしまった。この時点では、日本の空母の格納庫は、火薬庫兼ガソリンタンクと化していたわけである。つまり敵の航空攻撃を受ける場合は、戦闘能力のある戦闘機などは全て防空任務に就け、その能力のない攻撃機や爆撃機は、極力発艦させ、在空退避させるのが正解だった。 もちろん4)、5)のような問題は、当時明白では無かった。日米ともに戦訓を得ながら手探りで戦っていたのだが。

0

戦術的には色々な理由があってどれも道理があると思いますが、結局は連合艦隊司令部がアメリカをなめ過ぎたということでしょう。 ミッドウェー(中途)島とはいっても、アメリカの太平洋艦隊の最大の根拠地であるハワイからの距離は日本からの距離の半分以下です。そのような所で、アメリカ機動部隊相手に決戦を挑もうというのがどうかしています。 真珠湾であれだけ慎重に立案した同じ司令部とは思えません。開戦6か月の勝利続きで慢心したということです。もっとも、4隻の空母を全て失うとは誰も予想しない大敗北となってしまいました。山本五十六も平静を装いながら大戦の敗北を覚悟したことでしょう。これは真珠湾の宣戦布告前奇襲攻撃の報いということにしておきます。

0

アメリカをなめていたからかね(イギリス海軍とのセイロン沖海戦より戦力を減らして戦ったわけっすから)

0

戦闘機の数か圧倒的に足りなかったからです。 攻撃隊144機の護衛や空母の直援には少なくとも、120機以上の零戦が要るのに、90機くらいしかなかったということです。