人間の語る「神」は、しょせんは人間が作ったものでしょうか? コーランに出て来るアラー、新・旧約聖書に出て来る神、仏教のブッダなどは、すべて各教典の筆者が書いた理想像でしょうか?

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ベストアンサー

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神が居ないという証明は出来ません。 スパゲッティモンスター教の神も 「居ない」証明は出来ません。 まず、 人間は、存在しているものの全体を観察領域内に納めていない ですから、「神はどこにも存在しない」ということは 観察からだけでは言えません。 人間のいかなる観察も、そこから、神が存在しないことを 論理的に導きだすことのできるようなものはありません。 「神はいない」という確信は、観察できず、 しかも、いかなる観察からも論理的に導出できない事柄に関する、 根拠のない確信です。 科学的主張は、根拠のない信仰と違って、 常に何らかの観察を根拠にしたものです。 或るもの(something)が存在しないことを、 観察できるデータから論理的に導出できるのは、 観察できる領域内(domain)に限って (「月に生物はいない」「その図書館にあの本はない」 「この冷蔵庫にビールはない」)であって、

ThanksImg質問者からのお礼コメント

私は仏教やキリスト教やイスラム教は、人間の作ったものという考えでした。「それらではない、人間の分からない真の神」が、物事を動かしているという考えでもありました。 このスレッドでは様々な方々から回答を頂きましたが、分からない事にはしゃべり過ぎずに沈黙するという論理にBAを差し上げます。 ただし結論はなくとも、考える事は大切でしょう。 ご名答に感謝致します。

お礼日時:7/27 1:27

その他の回答(20件)

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申し訳ないです。 ブッダは神ではないですし、仏教には、いわゆるイブラヒムの宗教でいう神は存在しないです。 因果の世界です。

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一部のスピリチュアル、オカルト関係者の間には神とは人間の念の集合体とか、集合的無意識に蓄積された想念と説明する人もいるが、仮にその説が正しいのなら神は人間が創ったものと言えるだろうね。

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神と言っても色々あります、人格を持った神が存在するかどうかは分かりません、しかし自然そのものを神と見るなら或いは。 そういう汎神論的な神なら居る気がします、例えば私たち人間は神に光のイメージを抱きますが、実際この世界を構成する物質とは本来光、つまり光子のようなその他諸々のエネルギーの集まりなのです。

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私も似たような気持ちを持つ事があります。 「汎神論的な神」「光のイメージ」「光子のようなその他諸々のエネルギーの集まり」 なるほどと思います。 ただしその光なるものにも、意識はあるように思えてなりません。 私はその意識こそ、人間の分からない本当の神かなあと思い、この質問をしました。

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もしあなたのおっしゃる「アラーやヤハウェの上の神」がおられたとしても、その神がご自分の存在や考え方を私たちに伝えようとしないなら、考えても意味がないことになります。 ある人は、神は私たちを造ったが、きっとその後、ほったらかしにしているのだろう、とか、神は死んだ、とか、人間が殺し合い、最後に滅びてゆくのをみてサディスティックな快感を味わっているに違いないと言います。もし、それらのいずれかが本当なら、やはり我々は悲惨な存在であり、その神のことを考えても仕方がないし時間の無駄になります。 一方、その神が良い性格を持っておられ、明確な目的を持って人間を創り、人間と地球に対するその目的を人間に積極的に伝えたいと願っているという可能性もあります。 もしそうだとしたらどの方法が一番最もらしいか、と考えて、まず世界でかなり古くからあり、3000もの言語に訳されている聖書から手始めに調べてみることにしました。 聖書を信じるという宗教や宗派はたくさんあり、それにより説明もかなり異なりますし、事細かに調査したらきりがないので、基本点な点に絞ってそれぞれの教義を比較してみることにしました。 「神は何のために人間や地球を造ったのか」「なぜ今の地球や人間社会には悪や苦しみが溢れているのか」「神はどんな方法でそれらを解決する予定なのか」「神はどういう生き方を我々に勧めているか」 もし我々より高い存在の神がいるとしたら、我々がこうした疑問を当然抱くであろうことは思いつくはずです。ですからどこかに明確で合理的な答えがあるに違いないと思って探究を始めました。 その結果、人間のことを本当に大切に思っておられ、地球と人間に対して明確な目的を持つ神が確かにいるという確信を今では持てるようになりました。

ご回答有難うございます。 ご回答文の最後の「人間のことを本当に大切に思っておられ、地球と人間に対して明確な目的を持つ神が確かにいるという確信」 は、クリスチャンにしか当てはまらないのですか? それともイスラム教徒や、仏教徒にも等しく当てはまるのですか?

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神様は 心の中の感覚、感じです。 本当はいるかいないか分からない、誰も見たことがない なのに、なんか心の中に世の中の出来事や人の知識や常識とは全く違う感覚がある。 それは、悪でもなく不思議で誰にも分からない自分だけの感覚、そんな説明が出来ない感覚です。 説明ができないものがこの世にはある。 そして、その感覚が自身にとって世界観が変わったような考え方が変わったような気持ちにもなる。 それが神様なのかは分からないし説明出来ないけど 神様だったらいいな 神様って人間にとってはそんな感覚でいいと思います。 聖書は、聖書ですし、 それは教義として神様について神様を信じるとは信仰とは そのように捉えていれば納得できると思います。 でも、必ずしも当てはまらない事ってこの世にはあるのです。 そのようなことは知識や常識では全く理解できない、体験でしか理解できない、しかも他人には理解できない 口に出して説明出来ない 素敵な感覚 神様ってそのようなものではないでしょうか?

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私は「神は自分の心の中におられる」と、よく言われました。 しかしそれだけで自分の体験を理解は出来ませんでした。 貴女様の「素敵な感覚」で、それも良いお考えだと思いました。 綺麗な感覚をお持ちですね。 ご回答は名答だと思います。

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