芸術作品には必ず作者の意図が込められているのでしょうか。

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ThanksImg質問者からのお礼コメント

大変勉強になりました。

お礼日時:7/25 0:23

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作者の最初の意図がそのまま実現されることは稀です。作者も予想しない意外な方向に行ってしまうのがほとんどです。しかしそれには理由があるのですね。 人間の考えることは勝手な理屈になってることがほとんどなので、作品を作っているうちにもっと自然な発想や構成が見えて来て、自分の発想が陳腐でいい加減なのが感じられてくるものです。つまり次第に自然界の論理や構成が見えて来てそれに引っ張られるように作品は完成するものです。 ですから作者の意図というのはきっかけにすぎないということです。無理にこだわると不自然になったり、安っぽくなったりします。自然に引っ張られて出来た作品の方が優秀作品になったりすることが多いです。

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意図が込められているというより、観る側が意図を感じるという事です。 例えば世の中に魅力的なひとは確実にいます。そのひとが何をしても魅力的に感じたりします。 その魅力的なひと本人がどう思っているのか?は関係ないわけです。 若い頃に一時期、アーティストの講演会に行くことにハマった事があります。美術業界にいると、このひとは美術史に必ず残ると思えるようなひとでも、普通に生きていて話を訊くことが出来るわけです。 大袈裟に言えば、歴史上の人物から直接話が聴けるという感覚です。 日本の戦後の美術史によく出てくるような作品を実際に制作した本人からその制作の話を訊くと、大抵は思っていたのとまるで違います。いままで本で読んでいた解説とは違うのが普通なわけです。 言葉は記号的で不確かなものですから、ひとは自分が思いたいようにしか思わないわけで、正しく伝わっていない事は普通にあります。 だからこそ面白いとも言えます。 いまのようなネット社会、情報化社会になり、アーティスト本人が制作中を公開して、詳しく意図を述べたりするのが普通になれば、なかなか「名作」は生まれないかもしれません。

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いーえ、ふつーは込められてはいません。 込められているものや込められすぎているものや意図しかないものや意図の残骸のよーなものもあります。それを芸術作品とゆーかゆわないかは趣味の問題です。